昨日は栃木市で、本部講師の木村香織先生をお招きしてのセミナーでした。鋏を使ってのカッターワーク。
これこそ、まさにポーセラーツの楽しみ方だと再確認致しました。
先生、いつもご指導ありがとうございます。
さて、生徒さんがクリスマスシーズンにピッタリな、プリザーブドフラワーを作られました。
ピンクなどの淡い優しいお色がお好きなので、パステル調の優しい雰囲気のプリザーブドフラワーになりました。お花のお色選びから、丁寧に慎重に、でも笑顔の中で楽しくアレンジなさったので、とても素敵になりました。
もうすぐクリスマスなので、今年は淡い色調での演出でクリスマス
を楽しまれる筈ですね。今日は、主人から主人のお世話になった方との話を聞きました。
その方は、「お医者さんから、余命3か月という話を突然聞かされ、その3か月が昨日でした。」ということです。
こうして、ご自身の口からお話なさるというのも、勇気が言ったことでしょう。
体調がすぐれないということはないようですが、この3か月をどのようにご家族と過ごされているか、辛く、想像もできません。
余命なんて考えたら、恐怖で休めないのかもしれません。
ご家族も同じだと思います。
以前読んだ本の抜粋です。
生きている限り人が死ぬのは当たり前で、この当たり前を当たり前として認識しているかどうかで、人の人生観は全然違ったものになるようです。
いつだって、「この今」しかないと気づけば、先のことをあれこれ悩んで苦しむことはなくなるようです。
あ、なんだ。
と、気がつけば、錯覚としての悩みや苦しみは脱落します。そしてなんらそういった感情は湧かなくなり、逆に楽しみや喜びといった感情が湧いてくるようになるようです。むろん、悩みや苦しみのタネは変わらずに存在していますよね。
しかし、それらを言わば受け身で悩み苦しんでいるということではなくて、妙な言い方ですが、悩むことを楽しむとか、苦しむことを喜ぶとか、そんなふうに変えられるようです。
要するに、楽しみや喜びというのは、どこか外にあるものではなくて、自分の側の心の構えのことだということです。それを楽しんでやろうという構えでいれば、それはその人にとって楽しみとなるはずです。楽しむということは、今しか存在しないのだから、その今を楽しむということ以外ではないでしょう。
人生、何のために生きるのかとは、生きている限り避けられない問いではありましょう。人に問うて答えが得られるものではない。根源的な問いほど、自ら問い自ら答える以外はあり得ないのです。
もしも本当に答えを得たいのであれば、生きている限り一度は必ず自らに問うてみるべきでしょう。
「私は、食べるために生きているのか、生きるために食べているのか」
さて、本当に楽しい人生は、どっちだと思いますか。
『人生は愉快だ 著 池田 晶子』
こんなに明確に述べられるこの著者 池田 晶子氏は専門用語による「哲学」ではなく、考えるとはどういうことかを日常の言葉で語る「哲学エッセイ」を確立されました。
本質を考える事の切実さと面白さ、死から始まる生の考察。著者自らが温め続けた原稿がこの世を去った著者の最新作として刊行されています。
2007年、47歳の若さで亡くなっている著者には、最後までドキッとさせられながら、読んだことを覚えています。
「今日一日生きていられて良かったね」と、感謝の言葉でご夫婦は生活なさっているそうです。
一日一日を大事になさっているのですね。
私は、健康でいられる有難さ、生かされていることの感謝をつい忘れています。
対岸の火事ではありません。
たいそうなことは言えませんが、何とかしたい、ご家族の気持ちに寄り添いたい・・・。
自ら問い、受け身でなく自分の心構え次第という姿勢も持ちたい・・・。
色々な事を考えさせられる一日でした。
素敵な週末をお過ごしくださいね。
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