僕はピカピカの小学一年生。大好きな動物を沢山プレートに貼りました。
用意したクラフトパンチにも、大変興味を持たれ、柄の転写紙だけはなく、単色転写紙をプラスしてみました。
お姉ちゃんは小学5年生だけあって、もくもくとマグカップを作られました。
こちらはまた、次回アップしますね。
私は子供たちの空想の世界の話を聞くのが大好きです。
僕は、「仲良しのワンちゃんが『チュウ
』しているんだよ~。」と言いながら、丁寧にワンちゃんを向い合せに貼っていき、ハートもチョコン。「チュウだって~
」と照れた顔のお姉ちゃんがまた可愛いかったです。象さんの背中にうさぎさんがのり、最初にのっていた熊さんをこっちのうさぎさんが落としちゃったんだよ~!と、作品を作りながら、一つのお話が出来ていきます。子供の世界って、私が忘れてしまっている夢の世界を、思い出させてもらえます。
夏休みの思い出の一つになったことでしょうか?
サロンでは、キッズレッスンも行っております。時間は1時間半程度。料金は1000円です。(初めてポーセラーツをなさる方に限ります)
マグかプレートをお選びいただきますが、サロンにある違う白磁をお選びの場合は教材費を別途いただいております。
ご興味のある方は、是非お問合せ下さい
。永 六輔著の「大往生」より
坂本 九は1985年8月12日、航空機事故で死んだ。
ようやく、四十代半ばにさしかかろうという歳だった。
しかも遺体確認ができない状況ともなると、家族はなかなかその死を信じることができない。
戦争中に空の遺骨箱を渡された未亡人の思いも同じであろう。
事故直後、私は遺族と一緒に、九が死んだ御巣鷹山へ登った。
これが坂本九の墓なんだ、いま墓を登っているんだと自分に言い聞かせた。彼のためにつくったたくさんの歌は、そこではお経だった。
今でも、何かというと九の噂をして楽しむ。そんな時に登場する九は、男盛りのままである。若くして死ぬという事は、当然のことだが、追悼の中でも若いままだ。
ましてや、残っている歌声は、いつまでも若々しいまま放送されている。そのたびに、私は自分の年老いたことを痛感することになる。
「むごい」と思った彼の死に方も、時が過ぎてみると、これも死に方のひとつなのだと納得するようになってしまった。
九はいつも「太平洋戦争が始まって、すぐ生まれたんです」と言っていた。戦後○○年のイベントの打合せのたびに、「九がいればなァ」と思う。戦争で死にたくない。その思いを九に託せたのにと思う。
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