初めてのキャンプなので、ちょっと不安そうな次女と、どこ吹く風の次男。
また真っ黒に日焼けして帰ることでしょう。
さて、
さんの金彩のプレートが焼き上がりました。指塗り、筆塗り、鉄筆で素敵に仕上がっています。
金色のカメリアも可愛いですね。
こちらは、
さんの箸置きです。セラミックマーカーで花びらと花芯をかかれただけですが、素敵です。
素敵な作品の数々、子供達の笑顔が見れて感謝です。
AT THAT MOMENT
At 8:15:17 a.m. on August 6, the Enora Gay was flying approximately 9,600 meters high in the air and dropped the atomic bomb.
At 8:16,it exploded in the air 580 meters above Hiroshima City where about 350,000 people lived.
How many people on the earth were killed by the atomic bomb in Hiroshima?
「死んでもいい。死んでもいいからお水ください」
下級生が腫れて開かない口で嘆願する。こっそり飲ませてあげようと思い、口まで持っていったが「死ぬぞッ」の言葉が手を止める。
「ごめん、お水飲んだら死ぬって。がまんして・・・ごめんね」
下級生は親に見取られることもなく、息を引き取った。
わずか13歳の子が、むけた足の皮膚を踏み、転びそうになりながら学校までやっと帰ってきた。それなのに水も飲ませてもらえず、お父さんお母さんにも会えずに死んでいく。こんなことがあっていいの!
絶望的な悲しみと怒りの持って行き場がない。そうするうちにも、ひどいけがで意識モウロウとなり、「日本は絶対…勝つわ、よね」とうわ言をいい、「お母さん、恐いよう、痛い、熱いよお」とのた打ち、そしてスーッと安らかな顔になり・・・・亡くなっていく学友たち。
世界の終焉とも思える光景が目の前にあった。
「これが戦争なんだ。お国のためなんだ」そう考えるしかなかった。
子供たちはずっと、そういう教育を受けてきた。
“This is the war.This is all for the country.”
DEVOTE LIFE FOR THE COUNTRY
Exposed in the vicinity of Hijiyama bridge,2 km from the hypocenter
Kiriake Chieko (then 15)
「ゲンバクの日 ぼくたちは10代だった 生きたかった 学びたかった・・・
創文より」
On August 6th We were Teenagers
We wanted to live
We wanted to learn
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