レッスン終了後、速攻でお兄ちゃんの学校へ懇談会に出かけました。
久々に走ると、ゼーゼー
最近身体がなまっていますね。お兄ちゃん達は、5月末に3泊4日の修学旅行で、広島、奈良、京都に行くという話を先生と、旅行会社の方から聞きました。
思わず、私も連れてって
と叫びたくなりました。思い出すと、私も小学校の修学旅行にやはり広島へでかけ、折鶴を折って雨の中、原爆ドームを訪れました。子供心に、あの原爆ドームは忘れられません。
今日の
さんのカリキュラムの作品は、とても素敵に仕上がりました。どうしても可愛く仕上げたいという意向でしたので、グラデーション転写紙だけではなく、可愛らしい転写紙をプラスされました。この気球に夢を載せてというのが、
さんのイメージだったようで、本当に夢があふれますね。私は、実家が広島に近いということもあり、何度も原爆ドームを訪れていますが、長女、長男が小学生になった時、どうしても連れて行きたくて帰省時に家族で出掛けました。
かなり、印象に残ったようで、娘の作文にも残っています。長男は、今回またどんな風に感じるでしょうか?
その時に買った本をご紹介します。
『 ピカドン だれも知らなかった子供たちの原爆体験記 』
本書は、2000年に広島市立己斐小学校のロッカーから約50年ぶりに発見された作文集「原爆の思い出」をもとに編集したもので、文集は5~6年生の児童が、4~6歳だった被ばく当時の思い出を書いた作文です。
亡くなったお姉さん
緑姉ちゃんは、私のたった一人のお姉さんだった。あの時広島一県女の一年生で作業に行っておられた。ピカにあって、全身やけどをして、お友達を一人連れて帰ってこられた。その時、あの恐ろしい原爆の有り様をくわしく母に話されたそうである。私は六才であったので、その時の話はよくわからなかった。けれど母がいつもそのことをいわれるので、知っている。あの晩とうとう亡くなった。
床の間にかざられたお姉さんのお写真にいつも私は、美しいお花をささげます。
今年のお盆の日に、お姉さんのお墓まいりをしました。
その時次のような詩をつくりました。
お墓まいり
母と私を乗せた自動車は
非常なスピードで走った
北へ北へ
広島から三十分
小高い丘の上に
姉の墓がある
やさしいお姉さまだった。
ピカドンの時
亡くなったお姉さま
今は静かに眠っていらっしゃる
お墓の前に黄色の小菊をそなえ、
線香を立てて
母と静かにおがんだ
赤とんぼが飛んでいた
お姉さま「さようなら」
二人は帰った
田んぼ道。
六年 山田玲子
平和な世の中になりますように。
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