こんにちは。
私は記憶障害があります。
うまく話すことも、思い出すことも、簡単ではありません。
この文章も、自分一人では書けていません。信頼できる人の手を借りて、何とか形にしています。
スマホは、私にとって「ただの道具」ではありません。私の脳の一部なんです。
日々の記録、情報の検索、人とのやりとり、生活のあらゆること。全部スマホに頼っています。
しかも、1台だけじゃ足りない。
複数台を使い分けています。バッテリー切れの不安を減らすためでもあるし、調べた情報を別の端末に表示して、見ながら入力したりもしています。
動画や本を聞きながらゲームをすることもあるし、
SNSに投稿する内容や出てこない単語を別端末で調べたり
──とにかく、生活のすべてに「スマホ」が絡んでいます。
そんなスマホたちが、一斉に手元から消えました。
記憶も、感情も、記録も、全部スマホの中。新しい端末を手に入れても、アプリの名前すら思い出せない。
まさに放心状態。
ようやくこのブログは、検索からたどり着けて、こうして書いています。
---警察への説明も、言葉が出てこない。
スマホがなくなったに関連し警察に行ったときも、苦しかった。
メモも取れない。一時的な記憶の場所として使うこともできない。
メモも見られない。
写真も見れない。
言いたいことを整理することもできない。
うまく説明できないし思い出すこともできない。
相手からすれば、「話が要領を得ない人」「考えながらしゃべってるのろい人」に見えるだけだろう。
合理的配慮という言葉すら思い出せなくて、それを求めることもできなかった。
私の障害は「見えない」から、信じてもらえない。
理解もされない。---この「生きづらさ」を、もう26年記憶障害とともに生きてるいる。
本当にしんどい。拷問ですよね。
自分がどれだけ頑張っていても、外からは見えない。頑張ったって普通の人より遅いできないそんなことばかりだから。
それは=頑張ってないことと同じに見えるでしょう。
全部の行動は「記憶」に結びついていますよね。
色の名前を思い出すことも。地名を言えることもその特徴などがわかることも。
誰かと出会って会話することも──ぜんぶ、記憶があってこそできる。
ワタシの場合は特にストレスがあると、さらに状態は悪化します。
すぐにダメージが出るかどうか詳しいことは分からない。
でも、医師には「ストレスを避けるように」と言われている。
ストレスがかかると余計に記憶障害に影響が出る。
ストレスと言う言葉が日常的に使われるようになったからこそ、私の症状にある影響の大きさは軽視される。
リアルにボケ老人みたいにご飯いつ食べたかなに食べたかもわからなくなる日も多々ある。
「なんだっけなー」「あれ」がくちぐせ。
なんだっけなー、海馬がストレスにすごく弱いんだっけか。
海馬って記憶に重要なとこだよ確か。
思い出しながら書いた内容がコレ
この間読んだ内容。
それでもまだ興味のある私自身に関連のあることだからこれくらいは覚えてる。
---はぁ。どうして私は生きてるんだろう。生きづらくて仕方がない。ここまでして生きなきゃいけない意味。
正直なところ、生きていることがつらいです。
死ぬのが怖いわけじゃない。事故で死ぬと思った直前のこと覚えてる。
「いままでみんなありがとう」といって覚悟を決めぶつかった。怖くなかった
でも、死ぬための行動をすることは怖いんです。
だから、なんとなく生きています。
「なんで生きてるんだろう」「なんで助かっちゃったんだろう」そんなことばかり考える日もあります。希死念慮が浮かびあがることはよくありますね。そう診断されたときもある。
この世に未練なんて、ないのにさ。
---最後に読んでくれて、ありがとう。
今日は少し愚痴っぽくなってしまったけれど、こうして少しでも吐き出す場所があることには、救われています。
また、少しずつでも書いていきますね。この記録が、同じような苦しさを抱える誰かの、なにかの助けになればと思っています。