私が初めて買ったデジカメは Finepix2700
でした
10年くらい前のこと
Finepix の二代目くらいの機種でしょうか
デジカメの何を知っている訳でもなく
かと言ってフィルムカメラの何を分かっている訳でもなく
ただ
これからはデジカメなのかな? と
Finepix を買うまでの約10年間
たまたま手に入れていた ミノルタα7000
で
写真を撮りまくっていた私は
ごく自然に
写真っていうのは “キレイに撮れて当たり前”
“それなりに上手そうに撮れて当たり前” なのだと錯覚していました
もちろん
撮っていたのは普段撮りのスナップ写真ばかりですけど
思わず自慢したくなるような写真もたくさん撮れました
α7000は腕のいい(?)カメラです
今だから言えるんですけどね
新しく手に入れた Finepix は手軽に撮れるし
フィルムを買わなくてもいいし
何よりコンパクト
当時 “コンパクトカメラ” って呼んでいたかどうかは定かじゃありませんけど
だけど この Finepix を使って写真を撮って
プリントした時にどれほどガッカリしたか
あの時のショックは今でも忘れられません(Fujiさん ごめんなさい)
今にして思えば
プリンタにも問題はあったと思いますけど
それ以前に
撮りたいのはこの写真じゃない
何度撮ってもイメージが違い過ぎる
画像もアウト
気持ちは超ブルーですよ
カメラを知っている人なら
それは当たり前の事でも
カメラの事は説明書で読んだ知識だけ
しかも、未知の “デジカメ” というものに期待いっぱいだった私にとっては
全然当たり前ではありませんでした
それからは
Finepix で写真を撮っても
パソコンに移すだけになってしまい
結局そのパソコンも壊れて
残念ながら今は Finepix で撮った写真は1枚も残っていません
もちろん
Finepix も暗い所で眠ったまんま
まだ使えるのかどうかも ・・・
その時に気付いていれば良かったんですけどね
あの頃は
やっぱりα7000で撮った写真が大好きだったから
デジカメなんてダメじゃん?! っていう感じで
今でも
あの頃に撮った写真は全部宝物だけど
最近カメラに携わる仕事を始めてから
“α7000のお陰で ただ撮ってただけ” だった自分を思い知りました
そして
やっと気付いたんです
たとえどのカメラを使っても
結局、思い描いた画を描けていないとつまんないんだって
そう
つまんないんです
所詮 自己満足の世界でしょう?
そしてそれを認めてもらえる喜びが
更にその自己満足を昇華させる
写真って そんな感じじゃないですか
絵を描いたり物を作ったりするのと同じで
だから
自分が撮った写真を
少しでも “満足” に近づけるために必要な事
人に個性があるように
カメラにも個性があって
それを知る事が大切なんですよね
このカメラならこのレンズなら こんな風に撮れる
もっと腕が良ければ
このカメラだからこのレンズだから こんな風に撮ろう って
それが分かっていたら
私は Finepix にそっぽっを向かなくて済んだのかもしれません
だって、もっと違う使い方をしていたと思うから
分相応に
今は
自分がその時 手にしているカメラで
どうやったら自分の画に出来るのか
日々考えながらシャッターを切っています
携帯のカメラでも
使い捨てのインスタントカメラでも
コンパクトデジカメでも
一眼でも
偉そうに言ってはみても
やっぱり未だに
デジカメの何を知っている訳でもなく
かと言ってフィルムカメラの何を分かっている訳でもありませんけどね
ひとつだけ知っているのは
写真はプリントしてこそ写真なのだということ
たくさんのアルバムを見るたびに思います
パソコンで保管しようと
Webで公開しようと
最後にはキチンと手に取って見れる
形あるものにしたい
光も何もおかまいなしに机の上に鎮座しただけの
温度のない写真はつまらないです
って ただの持論ですけど
机の上に鎮座する
けど
その時の気持ちにマッチしていた 道
携帯で何度も撮り直してる姿はちょっと滑稽だったかも~ (docomo P706iμ 2.0M

