現代の若者はつながりを維持するための独特の「作法」を発達させている
以下、記事抜粋---------------------------------
若者論と呼ばれる領域を90年代後半から00年代半ばまで占拠していたのは端的にいえば若者へのバッシングだった。
曰く規範意識が低い、コミュニケーションスキルが低い、労働意欲が低い等々。
それらあまり裏付けのない非難が次第に後景に退きつつある現在、ようやく若者が本当のところどのように変化してきたのかについて落ち着いて考えることが出来る状況が整った。
ここで注目したいのは彼らのコミュニケーション様式の変化だ。
すなわち、第1に身近な人間関係を大切にする「つながり志向」の高まり、
第2にそのつながりを維持するための独特の作法の発達。
例えば「空気を読む」ことも、「キャラを立てる」ことも、携帯電話を駆使することも、みなつながりを維持するために生み出され発達させられてきた作法だ。
「若者の人間関係は希薄化している」という紋切り型のイメージとは逆に、彼らの人間関係はある面ではかつてないほど濃厚なものになっている。
この変化は90年代以降に進んだ経済構造の変化と呼応しながら進展した。朝日新聞「ロストジェネレーション」取材班『ロストジェネレーション』(07年)は、経済構造の変化が若者の生活基盤をどのように変えてしまったかを描き出す。彼らがロストジェネレーションと名付けた現在25歳から35歳、人数にして2千万人の人々は、卒業時にたまたま景気の低迷と雇用構造の転換期にあたっていたためにその多くが安定した雇用からはじき出されてしまった。
国家からも企業からも庇護を受けることの出来なかった彼らは、現在においてもなお経済的に貧しいだけでなく、将来に向けての希望を持てないまま放置され続けている。
この世代にはそれゆえ「組織には頼れない」という苦い思いが深く浸透している。この苦い思いはさらにその下の世代、三浦展ほか著『日本溶解論』(08年)が「ジェネレーションZ」と名づけた15歳から22歳の若者たちにも影を落としている。三浦は彼らがスピリチュアルブームにひかれ、好んでよさこいを踊ることの背後に従来型の組織や制度の揺らぎを見て取った。
それらが人生の指針を与えてくれなくなった今日、その空白を埋めるのが一方ではスピリチュアルなものであり、他方ではよさこいを通した地元へのつながりなのだ。
スピリチュアル志向や地元愛は、深沢真紀『平成男子図鑑』(07年)が70年代生まれの男性の特長として注目している点だ。
地元を愛し、友だちや家族を大事にするだけでなく、身近な人をしきりに褒める彼らを深沢は「リスペクト男子」と呼ぶ。
彼らはまたつながりを志向する「mixi男子」であり、空気をよく読む「ツッコミ男子」、携帯電話によって人間関係を整理する「リセット男子」でもある。
深沢が軽妙に描き出したこのようなコミュニケーションの作法がしばしば地獄へと反転する様を描いたのが土井隆義『友だち地獄』(08年)である。
例えば中学校・高校の教室で取り結ばれる「優しい関係」において若者たちはたえず空気を読み、相手を傷つけないように心がけ、それでいて自分のキャラはしっかりと立てるように求められる。
優しさがはらむこのような重圧は、それに耐え切れないものを関係から撤退させたり、破壊的な行動に向かわせたりすると土井は論じる。
現時点でのつながり志向の弱点は、第1に、それが地元やクラスといった狭い範囲に内閉してしまいがちであることだ。
それは息苦しいばかりでなく、不安定雇用についてのいくつかの研究が示しているように、社会経済的に不利な状況を再生産してしまう危険性をもはらむ。
第2の弱点は、それがいまだ若者たち自身の権利や尊厳を守るための連帯を生み出すに至っていないことだ。
つながり志向が現代社会を生き延びるための作法となるためにはこの弱点を克服する必要があるだろう。
日経新聞5月11日
参考元URL
http://blog.goo.ne.jp/psyche-box2/e/e549399993dd495968685b62d47adc70
若者論と呼ばれる領域を90年代後半から00年代半ばまで占拠していたのは端的にいえば若者へのバッシングだった。
曰く規範意識が低い、コミュニケーションスキルが低い、労働意欲が低い等々。
それらあまり裏付けのない非難が次第に後景に退きつつある現在、ようやく若者が本当のところどのように変化してきたのかについて落ち着いて考えることが出来る状況が整った。
ここで注目したいのは彼らのコミュニケーション様式の変化だ。
すなわち、第1に身近な人間関係を大切にする「つながり志向」の高まり、
第2にそのつながりを維持するための独特の作法の発達。
例えば「空気を読む」ことも、「キャラを立てる」ことも、携帯電話を駆使することも、みなつながりを維持するために生み出され発達させられてきた作法だ。
「若者の人間関係は希薄化している」という紋切り型のイメージとは逆に、彼らの人間関係はある面ではかつてないほど濃厚なものになっている。
この変化は90年代以降に進んだ経済構造の変化と呼応しながら進展した。朝日新聞「ロストジェネレーション」取材班『ロストジェネレーション』(07年)は、経済構造の変化が若者の生活基盤をどのように変えてしまったかを描き出す。彼らがロストジェネレーションと名付けた現在25歳から35歳、人数にして2千万人の人々は、卒業時にたまたま景気の低迷と雇用構造の転換期にあたっていたためにその多くが安定した雇用からはじき出されてしまった。
国家からも企業からも庇護を受けることの出来なかった彼らは、現在においてもなお経済的に貧しいだけでなく、将来に向けての希望を持てないまま放置され続けている。
この世代にはそれゆえ「組織には頼れない」という苦い思いが深く浸透している。この苦い思いはさらにその下の世代、三浦展ほか著『日本溶解論』(08年)が「ジェネレーションZ」と名づけた15歳から22歳の若者たちにも影を落としている。三浦は彼らがスピリチュアルブームにひかれ、好んでよさこいを踊ることの背後に従来型の組織や制度の揺らぎを見て取った。
それらが人生の指針を与えてくれなくなった今日、その空白を埋めるのが一方ではスピリチュアルなものであり、他方ではよさこいを通した地元へのつながりなのだ。
スピリチュアル志向や地元愛は、深沢真紀『平成男子図鑑』(07年)が70年代生まれの男性の特長として注目している点だ。
地元を愛し、友だちや家族を大事にするだけでなく、身近な人をしきりに褒める彼らを深沢は「リスペクト男子」と呼ぶ。
彼らはまたつながりを志向する「mixi男子」であり、空気をよく読む「ツッコミ男子」、携帯電話によって人間関係を整理する「リセット男子」でもある。
深沢が軽妙に描き出したこのようなコミュニケーションの作法がしばしば地獄へと反転する様を描いたのが土井隆義『友だち地獄』(08年)である。
例えば中学校・高校の教室で取り結ばれる「優しい関係」において若者たちはたえず空気を読み、相手を傷つけないように心がけ、それでいて自分のキャラはしっかりと立てるように求められる。
優しさがはらむこのような重圧は、それに耐え切れないものを関係から撤退させたり、破壊的な行動に向かわせたりすると土井は論じる。
現時点でのつながり志向の弱点は、第1に、それが地元やクラスといった狭い範囲に内閉してしまいがちであることだ。
それは息苦しいばかりでなく、不安定雇用についてのいくつかの研究が示しているように、社会経済的に不利な状況を再生産してしまう危険性をもはらむ。
第2の弱点は、それがいまだ若者たち自身の権利や尊厳を守るための連帯を生み出すに至っていないことだ。
つながり志向が現代社会を生き延びるための作法となるためにはこの弱点を克服する必要があるだろう。
日経新聞5月11日
参考元URL
http://blog.goo.ne.jp/psyche-box2/e/e549399993dd495968685b62d47adc70