4年前の3/11

いつもどおり会社で仕事していた

そのころ頻繁に地震が起きていたので
最初は『またかぁ』なんて思っていたら
今までに体験したことがないくらい
大きく揺れてしかも長くて

買い換えたばかりのモニターが
倒れちゃったら困るなんて思って
最初はおさえていたものの
そうゆう場合じゃないんだわ
って察知して机の下へ・・・

揺れが収まって
机の下から出てみたら

分厚いカタログたちが
全部本棚から落ちて床に散らばって
引き出しも全部あいちゃって

幸い避難しなくてすんだけど
これ非難する事態だったら
無理だったんじゃ・・・
って怖くなった

震源地が三陸沖だということがわかって
仙台にいるお友達に連絡
地震が起きてすぐだったから
無事とのことでほっとした
このころは・・・

そのころTwitterにはまっていて
一日中開きっぱなしだったのだけれど
地震ヤバイってツイばっかりになって
どんどん流れてくる地震情報をみていたら
地震というとビルが崩れるイメージだっのに
なんだか様子がおかしくて
流れてくる画像が海の画像ばっかりに

TVをつけてみてみると
津波で陸だったところが海になっていた・・・

私の職場は市役所から近い為インフラが強く
携帯繋がったのだけれど
弟が母に連絡をしたところ
実家はつながりにくかったようで不安になって
繋がりやすい私に何度も連絡してきたり

それから夕方になり
幸い電気もトイレもネットあるので
ひたすら地震情報をみていたのだけれど
電車も止まったままで帰る手段もなかった

弟は車通勤の先輩に乗せてもらって帰宅
私を迎えに行かなくちゃと
母と2人でおにぎりを持って来てくれた
私は全然無事だったけれど
道路もひびが入ったりすごく混んでたり
なにやらいろいろ大変だったようで
今思い出しても目頭が熱くなる



そして数日後


仙台に住む友達の旦那さんが
行方不明なことを知った

地震直後は電波も繋がったし
連絡がとれで無事だったらしい
でも
『津波に気をつけてね』と言ったら
『大丈夫大丈夫』と言っていたので
多分あいつ避難しなかったんだと思う

と友人が言っていた

私はそれから彼を探そうと
いろいろしてみたけど見つからなかった

探しすぎて彼女の安否電話を
見つけてしまって泣いたり

彼のことだからどこかの島に流れ着いて
生きてるんじゃないかななんて思ったり

私は彼女たちの事が 大好きだから
いなくなってしまった彼も
彼を愛してた彼女も
どちらもすごく悲しくて
悲しくて悲しくて

でも彼女は
一生分の愛を貰ったから大丈夫
そう言っていた



あれから4年


愛する人が隣にいる今日が
あたりまえなことじゃなくて
すごく幸せで
万が一何か起きたとしても
最後に思い出すのは笑顔がいいから
たとえ喧嘩したとしても
笑顔でいってらっしゃいって言いたい
そしてそんな日々の幸せに感謝して
暮らしたいなと思う






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