こんばんは、おひさしぶりの更新となってしまいました。
健忘録をはじめるまえに、自己紹介的な部分を完結させようと思ってましたが…
この線維筋痛症という病気は、そういう変に完璧主義な部分から直していかなきゃならないなと、ふと今強く思い、初 健忘録 的なブログを書くという事に至っております。
線維筋痛症と診断されるまで と、
線維筋痛症の私への理解 は、
おいおい完結させていこうと思いますです。
今日は夕方頃からすこぶる体調がわるく、さっきまでは左背面から臀部にかけて
いまは右肩甲骨の尋常じゃない痛み
そして、わたしの一番の悩み、
光と音の刺激による痛みが…さっきから気が遠くなりながら、ハッと痛みで目が冴えて
を繰り返してます。
痛い という感情?症状?嘆き?ぼやき?
は、果たして声に出していいものなのかどうなのか、未だによくわかりません
わからないというより、
痛い と言わずに我慢して、時にはニコニコし、時には能面のようになり、時には顔が真っ青真っ白真っ黒になり…という方が周りに対してストレスを与えるものなのか
それとも、
痛い と素直に声に出し、涙を流し、イライラし、痛みがある時は全てを放棄して横になっている 事を継続していく
方が周りに不快感を感じさせるのか
ちょうど中間くらいの事が出来れば良いんでしょうが、わたしにはそれが出来ません
。性格が極端なんですよね。
というよりも、痛いということを基本的には声に出さずに生きてきました。というか、今まではそう出来ました。
ですが、いまは、これまでのように痛みを自分だけで背負い、我慢し続けることが出来なくなった程、症状が進んでいるのが自覚出来るようになってしまいました。
これまでのように我慢をし続けていると、すぐにピークに到達してちょっとだけ階段をひとつ降りたところらへんをキープしてくれてしまうのです。
その状態がいまのように、光と音の刺激に弱くなって、微かな音や、こういったスマホの光、足音、他人の呼吸音、電気の灯り、何もかもに反応して不快感から痛みに変わります。
なのでほんとうは、痛いなぁ~くらいな時に、痛いなぁ~と口に出すことが出来れば、自分にとっては、ストレスを溜める事なくいられるのかもしれません。
ですが、何よりも、この病気の自分というものを、心から信じて身を任せられる、不安にならない相手が、わたしには居ません。
事、病気の事となると、誰もが冷たくて、
なんでこんなに痛い思いしてるわたしが気を遣わなきゃいけないんだろ、我慢してくれればいいのに、どうでもいいからほっといてくれ一人にしてくれ構ってくれるな!!!
などなど、くろ~い気持ちで包み込まれます。
痛みが引けると、
私って、なんて自分勝手なんだろう
と、落ち込みますが、
痛い時は本当に、世界で一人きりになれるか、消えていなくなりたい死んでしまいたい
と思うわたしなのです。
元々、
他人の行動 言動 表情 動き 呼吸音の変化 発せられている空気感
の変化に敏感だったのが、この病気がひどくなってからは、特にこのスキルを磨けていると思います。(笑)
痛みが引けるまで一人になれる空間があれば、よくなるのか
それとも、一人になったところで変わらないのか
どうにかなるわけでもないことを考えても無駄なことですが、痛いのは本当につらいです。
不自由でも危険でも転んでも一人で夜トイレまで辿りつけなくても、その途中で階段から転げ落ちても、
一人で暮らす方が、他人にも迷惑をかけず、自分にとってもストレスではないのかな と今はそう思ってます。痛いです。
別に薬でふらふらになって転んで打ち所が悪くて死んでも、
気絶して倒れて打ち所が悪くて死んでも、
仕方ないんじゃないかなと。それにしてもなんで全て死因が打ち所悪いのかわかりません
転んだり気絶したり
わたしの線維筋痛症の症状で、死に直結するといえば、この2つくらいしかないからでしょうね。
杖なんて死んでもつきたくない
そう思ってましたが、もうそろそろ限界というより、もう杖がないとまずいなと思ってます
何もかもが面倒で憂鬱で
何をするのも痛くて不自由で
なのに何故生きているのか、内臓が丈夫なのか
何故死に向っていっていないのか
今の気分はそんな感じで痛いです。
肩甲骨なんて、なくなればいいのに
腕がびろーんてなっちゃうのかな?
理解者を探す術はなんなのか
周りに良き理解者になってもらえるようにするにはどうしたらいいのか
所詮、人間ひとりだよ
ドラえもーん
結局これも健忘録じゃなくて、線維筋痛症への理解テーマでしたね。
ブログ、むずかしい
線維筋痛症ランキングへ
にほんブログ村