本作品は気鋭の作曲家である藤倉大と「現代ノルウェーで最も重要な音楽家のひとり」とされるヤン・バングの二人が作り上げたアルバム「ザ・ボウ・メーカー」です。2022年の秋にジャズランド・レコーディング傘下のプンクト・エディションからリリースされました。

 藤倉大とヤン・バングといえば、デヴィッド・シルヴィアンが傑作「マナフォン」の再解釈盤である「ダイド・イン・ザ・ウール」を制作した際に、共同制作に応じた二人です。そんな二人が作り上げたアルバムですから、傑作でないはずがありません。

 藤倉によれば、「2020年、パンデミックが始まった時に、僕もやることがなかったので、早速無意味にシンセサイザーのソフトを購入した。数日それで一人で遊んだ後、パンデミックなので、世界中のぼくの音楽家友人も暇かな、と思」ったんだそうです。

 そこで「ヤンに、『一緒に作曲しようよ!』と声をかけた。そうして作り、完成させたアルバムがこれ。」です。この作品では、藤倉がシンセサイザーを演奏し、バングは主にサンプリングとプログラミングでこれに対応しています。ここに数人のゲストが加わります。

 まず、ギターのアイヴィン・オールセット、シルヴィアンのアルバムにも参加していたアルヴェ・ヘンリクセンがトランペットとボーカル、同じくトランペットながらかなり雰囲気の異なるニルス・ペッター・モルヴェル、そしてチェロのカティ・ライティネンと笙の東野珠美。

 コロナ禍らしく、それぞれが自宅ないしスタジオで録音したものをバングなり藤倉がミックスダウンする形で制作されています。一方、2022年には藤倉がディレクターを務めるボンクリ・フェスティバルにて本作品のスペシャル・ステージが行われたといいますから面白いです。

 本作品はもちろん電子音楽なんですが、「アクティヴで多次元な音楽空間」と評されるように、少々不思議な手触りがいたします。奥行きのある立体的なサウンドなので三次元であることは確かなのですが、そこにもう一つか二つ次元が加わったような気がするのです。

 いくつかのサウンドスケープが折りたたまれているような感覚といえばいいのでしょうか。アンビエントというわけではありません。環境に溶け込むというよりは、環境そのものを作り出す音楽です。サウンドが溶け合ったり、分離したりして一つの世界を作っています。

 最後の曲「サテライト・シスター」まで来て、ようやく従来の曲と同じような構造が現れるので、ほっとして現実世界に戻ってこれる気がします。もっとも、この曲もヘンリクセンのトランペットとオールセットのギターに雲がかかって多次元が隠れているようです。

 東野は一曲に参加しているのみなのですが、笙という楽器の音色はこのアルバムにはぴったりです。スペシャル・ステージでは三味線の本城秀慈郎と箏の八木美知依が参加しており、邦楽器の親和性が高そうです。射程の長い各楽曲の構造なのでしょう。

 ぼんやりしたサウンドとシャープなサウンドが同居もすれば、交じり合いもする。他人行儀のようでいて、お互いを気にしている。最初から最後まで音そのものに気をとられてしまいます。アンビエントでもサウンドトラックでも、ましてやBGMでもない、完璧な音世界です。

The Bow Maker / Dai Fujikura & Jan Bang (2022 Jazzland)

参照:ボンクリHP



Tracks:
01. Night Poles River
02. The Bow Maker
03. Nearly Invisible
04. Seven Inches Of Rain
05. Country Life
06. Implanted Memories
07. Flashing Images Of Temple Spirits
08. Satellite Sister

Personnel:
藤倉大 : synthesizer
Jan Bang : sample, programming, voices, dictaphone, synthesizer
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Arve Henriksen : voice, trumpet
Elvind Aarset : guitar, electronics
Kati Raitinen : cello
東野珠美 : 笙
Niles Petter Molvær : trumpet