フィル・マンザネラの6枚目のソロ・アルバム「ヴォゼロ」です。前作「サザン・クロス」からほぼ10年、思い出したようにソロ・アルバムを制作するマンザネラです。もちろん、1990年代もマンザネラ自身は活発な音楽活動を続けていましたから、唐突感はありませんでした。

 90年代のマンザネラは、セヴィリアで行われたビッグ・ネームを集めた「ギター・レジェンド」フェスティヴァルを始め、WOMADなどのイベントなどに登場したことに加え、中南米を中心に世界各国でライヴを行っています。キューバのバンドとのツアーなどもありました。

 そんな活動の末にたどり着いた本作品は、これまでになくパーソナルなタッチが色濃くでたアルバムになりました。マンザネラ自身、「自分のコロンビアとイギリスという出自、キューバで過ごした日々、勝ち取った愛と失った愛を反映している」と述懐しています。

 マンザネラはコロンビア人の母親とイギリス人の父親から生まれ、父親の仕事の関係で、キューバやコロンビア、ベネズエラなどで幼少期を過ごしています。初めてギターを手にしたのは6歳の頃のキューバだったといいます。豊かな少年時代ですね。

 何がパーソナルといって、まずはマンザネラ自身がリード・ボーカルをとっていることです。これまで、コーラスはありましたけれども、真正面からボーカルに取り組んだことはありませんでした。本作品では1曲を除き、全曲でリード・ボーカルを披露しています。

 また、マンザネラはこれまで曲作りにおいて作詞は他の人に委ねることが多かったですが、ここでは自らが書いており、「歌詞は私自身の経験から引き出した。そのおかげで最もパーソナルなステートメントになった」とアルバムに記載しています。

 本作品でマンザネラのパートナーとなっているのは、旧友でもあるロバート・ワイアットです。ワイアットが参加していると聞いて、てっきりボーカルはワイアットだと思いましたが、ここではコーラスに徹しています。さらにトランペット、ピアノ、ドラムでマンザネラを支えています。

 もう一人、ナイジェル・バトラーも大きな役割を果たしています。バトラーは腕相撲の事故で映画から音楽に路線変更したアーティストで、音楽の世界ではシャーラタンズからワン・ダイレクション、サンタナやネネ・チェリーなどとのコラボもある英国人です。

 参加ミュージシャンの数は控えめで、マンザネラのパーソナルなタッチが際立ちます。ギター・ソロもいつもよりは目立ちますし、何より少々頼りなげなボーカルが親密な空気を醸していて引き込まれます。アンディ・マッケイも一曲オーボエで参加しています。

 「平和な世界」とスペイン語で題された曲のみ、アフリカのジプシーによる合唱隊と参加ミュージシャンやご家族によるムンド・クワイヤーをフィーチャーしています。マンザネラの世界への視座を示し、いい人神話まで補強する素晴らしい曲です。

 これまでのアルバムと音楽自体は地続きですけれども、感触が大きく異なります。ソロであっても控えめな役割に身を置いていたマンザネラが、ともかくも主役らしい主役として登場したアルバムです。年齢を経ないとできないアルバムでしょう。シンプルに感動しました。

Vozero / Phil Manzanera (1999 Expression)



Tracks:
01. Vozero
02. Mystic Moon
03. Verdadero
04. Tuesday
05. Rayo De Bala
06. The Art Of Conversation
07. Vida
08. Golden Sun
09. Mundo Con Paz
10. Hymn
11. La Vida Moderna
(bonus)
12. Tropical

Personnel:
Phil Manzanera : vocal, guitar, synthesizer, loops, piano
***
Robert Wyatt : trumpet, vocal, percussion, drums, piano
Nigel Butler : loopes, bass, treatments, programming, synthesizer
Livingstone Brown, Chucho Merchan, Jamie Johnson : bass
Dan Chiorboli : congas, percussion
ravi : birimbao, kora, kavel
Ash Howes : drum programming
Andy Mackay : oboe
Enrique Bunbury : vocal
Claire Singers : chorus
Billy Nicholls : chorus
African Gypsies choir, Mundo choir