ムーディー・ブルースの音楽が完成されたとされる4枚目のアルバム「夢幻」です。発表は前作から9か月ぶりで、次作までは7か月しか空いていません。1960年代末ごろのこととはいえ、こうしたコンセプト・アルバムを連発するバンドとしては異例のインターバルです。

 本作品でムーディー・ブルースは初めて全英チャートを制しました。前作との間に北米ツアーを成功させたこともあって、全米チャートでも20位に入るヒットになりました。そればかりか、本作品は全米チャートに2年半も居座るロング・セラーになっています。

 前々作でコンセプト・アルバムを始め、前作でオーケストラを使わずに自分たちだけでコンセプト・アルバムを作り上げて、ムーディー・ブルースの成功の方程式が定まりました。本作品はその成功の方程式にしたがって、自信をもって発表された決定打なのです。

 メンバーのジャスティン・ヘイワードは、「60年代に誰かの家を訪れたとしたら、そこの家にはこのアルバムがあるんだ」と、一家に一枚の作品だと語ったということです。そこまでのウルトラ・ヒットではありませんけれども、何となく納得感があるところが面白いです。

 プログレッシブ・ロックといえば、前衛的なサウンドを思い浮かべますけれども、ムーディー・ブルースの場合は、折り目正しいポップなサウンドにネオ・クラシカルな雰囲気が漂いますから、理想的な郊外の中産階級の家庭のレコード棚が似合うんです。

 本作品のコンセプトは前二作に比べるとふわっとしています。タイトルが夢と現実の境界ですから、イメージは茫漠としています。しかし、そのことがバンド・メンバー全員が曲を書く民主的なバンドには有利に働きます。特定の物語には特定のライターが必要ですからね。

 実際、このコンセプトを念頭に、各メンバーが曲を書き、それを持ち寄ってムーディー・ブルースの音にしていったとのことで、バンドのケミストリーが最良の状態であったことが伺えます。結果は見事に統一感のあるコンセプト・アルバムになっていますから。

 アルバムは「導入部」なる身も蓋もない邦題とされた楽曲で始まります。デカルトの「コギト・エルゴ・スム」に着想を得たグレアム・エッジによるスポークン・ワードが登場し、ここからコンセプト・アルバムが始まりますよと告げています。当時はまだ珍しいシンセも活躍します。

 こうした仕掛けがあるものの、続くジャスティン・ヘイワードによる人気曲「うれしき友」などは爽やかなコーラス主体のポップな曲で、少々サイケデリック風味が混じって1969年らしいサウンドです。アルバムはこの2曲に代表されるトーンで進んでいきます。

 ムーディー・ブルースのプログレッシブ・ロックは、どこまでも折り目正しくて、安心して聴いていられます。この頃の彼らはテレビなどにも引っ張りだこの人気で、まだまだ若者の反抗的な側面も強かったロック界の中ではエスタブリッシュメントも受け入れやすかった模様です。

 ジャケットは前作同様にフィル・トラヴァースによるものですが、彼がムーディーズに提供したジャケット群の中では異色の色使いです。サウンド自体はこうした色合いには不似合いな爽やかでポップな傑作ですけれども、コンセプトに沿って絵解きをするのも楽しいものです。

On the Threshold of a Dream / The Moody Blues (1969 Deram)



Tracks:
01. In The Beginning 導入部
02. Lovely To See You うれしき友
03. Dear Diary
04. Send Me No Wine
05. To Share Our Love 愛のくさび
06. So Deep Within You 君の心に深く
07. Never Comes The Day 今日も明日も
08. Lazy Day
09. Are You Sitting Comfortably
10. The Dream 夢
11. Have You Heard (Part 1)
12. The Voyage 航海
13. Have You Heard (Part 2)

Personnel:
Justin Hayward : vocal, guitar, cello, mellotron
John Lodge : bass, cello, vocal
Mike Pinder : mellotron, organ, piano, guitar, cello, vocal
Ray Thomas : vocal, harmonica, flute, tambourine, oboe, piccolo, synthesizer
Graeme Edge : drums, percussion, vocal, synthesizer