タンジェリン・ドリームのサウンドトラック・アルバム「ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー」です。スタジオ・アルバムでいえば、「タングラム」の後、「エグジット」の前の時期にあたり、サウンドトラック作品としては「恐怖の報酬」に次ぐ二作目となります。

 「恐怖の報酬」は映画を制作する人々に大いに評価された様子で、タンジェリン・ドリームにはあちらこちらからサウンドトラックの依頼が届けられるようになりました。以降、彼らは多数のサントラを手がけることになりますが、この作品はその中でも一番売れた作品です。

 映画の邦題は「ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー」ですが、原題はシンプルに「シーフ」、すなわち泥棒です。監督は「刑事スタスキー&ハッチ」で名を上げていたマイケル・マンで、本作品で劇場映画監督デビューを果たしました。後の活躍はご存じの通りです。

 映画はゴッドファーザーなどで有名なジェームズ・カーンが主演する、マン監督らしい、クライム・サスペンスで、フィルム・ノワールの復興を目指したいわゆるネオ・ノワールに分類される作品です。ジャケットから想像されるようなSF映画ではありません。

 タンジェリン・ドリームのシンセ作品は普通に考えれば宇宙ものなどのSF向きな気がしますが、実はこうしたサスペンスにもぴったりだということが発見されました。サントラといえばストリングスという時代にまだ目新しかったシンセ・サウンドが登場して目から鱗を落としました。

 今ではサントラといえば本作品のようなサウンドがむしろ主流ではないかと思われますけれども、タンジェリン・ドリームやゴブリンがその市場を開拓したという事実は忘れてはいけません。当たり前になった事象にこそ、その先駆者は高く評価されるべきです。

 さて、この時期のタンジェリン・ドリームはエドガー・フローゼ、クリス・フランケ、ヨハネス・シュメーリンクのキーボード・トリオです。しばらく安定しなかったメンバー編成もようやく落ち着き、作品の制作にまい進していた時期にあたります。

 タンジェリン・ドリームの三人はサントラを作るに際し、現在制作進行中の楽曲や過去の音源などを参照している模様で、新作を作るぞという感じではなさそうです。サイドプロジェクト的な位置づけなのかもしれません。それだけリラックスして作っているのでしょう。

 しかし、だからといって作品の質が劣るわけではありません。本作品などは、映画を見ていなければ、普通にタンジェリン・ドリームの新しいオリジナル・アルバムだと思う人が多いのではないでしょうか。サントラ要素は曲の短さに垣間見られるくらいです。

 シーケンサーのリズムはより明確になり、時にクラフトワークを思わせるところもあります。フローゼのギターやフランケの電子打楽器も大活躍しています。メロディーもくっきりと鮮やかで、ますますニュー・エイジ的な美麗サウンドに磨きがかかってきました。

 本作品は英国で43位、米国では115位とチャート入りしています。米国の115位は彼らとしては最高位にあたります。楽しい作品ですが、このあたりからロック・ファンは彼らの存在をほぼ無視するようになり、彼らは違うフィールドで人気を博していきます。

Thief / Tangerine Dream (1981 Virgin)



Tracks:
01. Beach Theme
02. Dr. Destructo
03. Diamond Diary
04. Burning Bar
05. Beach Scene
06. Scrap Yard
07. Trap Feeling
08. Igneous

Personnel:
Edgar Froese : keyboards, electronic equipment, guitar
Chris Franke : synthesizers, electronic equipment, electronic percussion
Johannes Schmoelling : keyboards, electronic equipment