キャメルの名前を世に知らしめた傑作「スノー・グース(白雁)」です。前作から一年を経て発表された本作品はスキャットは入るものの全曲インストゥルメンタルのコンセプト・アルバムです。英国では初めてチャート入りしました。しかも22位となかなかのヒットです。

 前作にはトールキンの指輪物語に触発された組曲「ホワイト・ライダー」がありました。キャメルの面々はそこに大きな手ごたえを感じ、今度はアルバム一枚丸ごとを使ってやってみようと思い立ったようです。プログレ全盛期ですし、コンセプト・アルバムは自然なことです。

 当初、候補にあがったのはヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」で、曲も書き始めていましたが、結局はポール・ギャリコによる「スノーグース」に落ち着きました。ギャリコは「ポセイドン・アドベンチャー」や「トンデモネズミ大活躍」などで有名な米国の小説家です。

 「スノーグース」は醜い画家ラヤダーと少女フリーザ、二人を取り持つスノーグースが登場する寓話です。矢川澄子の翻訳で新潮文庫から発売されているといえば、かなり有名な作品であることが分かります。矢川澄子と聞くだけで素敵な作品が想像できます。

 しかし、キャメルのこの行為にはギャリコ側から待ったがかかりました。一説には煙草嫌いのギャリコが煙草ブランドと同じ名前のキャメルを嫌ったとの説があります。面白いですが俗説だそうで、単純に著作権の問題だそうです。根回しが足りませんでしたね。

 その結果、当初はつけられていた各楽曲の歌詞を没にし、さらにアルバム・タイトルを「ミュージック・インスパイヤード・バイ『スノーグース』」と一段引いたところに落ち着けることで発表にこぎつけました。各楽曲のタイトルのみ物語に沿った形です。

 結局、歌詞も映像もない純粋に音楽だけで物語を語っていくスタイルです。まさに標題音楽そのものです。この場合は標題がはっきりと明示されているわけですから、歌詞がないだけに、しっかり小説を読んでから聴かねばと聴く側に緊張を強いてきます。

 私は小説を読んでいないので、どうしても後ろめたい気がしてしまいます。むしろ、読むものかと開き直ったのですが、ついつい各楽曲の情景を探してしまいました。誰もがこうして物語を気にしながら聴くものなのでしょう。したたかなコンセプト・アルバムです。

 サウンドは、前作同様にアンディー・ラティマーによる叙情的なギターとフルート、ピーター・バーデンスによるキーボードが交錯するキャメル節です。今回はデヴィッド・ベドフォードによるオーケストラ・アレンジが加わって、さらに広がりを増しています。

 今回は音楽によるストーリー・テリングと情景描写が主眼となっていますから、その叙情性がいや増しに増しています。とはいえ、そこは分厚くなり過ぎず、ゴージャスよりも意外にシンプルなサウンドとなっており、そこがキャメルの真骨頂な気がします。

 アンディ・ウォードのドラムとダグ・ファーガソンのベースも、派手さはありませんが、しっかりとサウンドの背骨を作っており、キャメルらしさを支えています。冒険だったでしょうが、オール・インストは大成功でした。本作で英国のブライテスト・ホープとなったキャメルでした。

Music inspired from The Snow Goose / Camel (1975 Deram)



Tracks:
01. The Great Marsh
02. Rhayader 醜い画家ラヤダー
03. Rhayader Goes To Town ラヤダー街へ行く
04. Sanctuary 聖域
05. Fritha 少女フリーザ
06. The Snow Goose 白雁(スノー・グース)
07. Friendship 友情
08. Migration 渡り鳥
09. Rhayader Alone 孤独のラヤダー
10. Flight Of The Snow Goose 白雁(スノー・グース)の飛翔
11. Preparation
12. Dunkirk
13. Epitaph 碑銘
14. Fritha Alone ひとりぼっちのフリーザ
15. La Princesse Perdue 迷子の王女さま
16. The Great Marsh

Personnel:
Andrew Latimer : guitar, flute, vocal
Peter Bardens : organ, piano, synthesizer
Doug Ferguson : bass, duffle coat
Andy Ward : drums, vibes, percussion
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David Bedford : orchestral arrangements