ピンク・フロイドのドラマー、ニック・メイソンによるファースト・ソロ・アルバム「空想感覚」です。発表は1981年ですけれども、制作されたのは名作「ザ・ウォール」発表の直後のことでした。スタジオでの録音から発表までにほぼ2年もかかった計算になります。

 この間の事情は不明ですけれども、このアルバムは素晴らしい作品なので私は大好きなのですが、およそピンク・フロイドのドラムを担当している人が制作した作品らしくありません。そんなことが影響したのかもしれませんね。知らんけど。

 本作品はすべての楽曲をカーラ・ブレイが作っており、一番目立つボーカルは1曲を除いてロバート・ワイアットが担当しています。メイソンはもちろんドラムとパーカッションを担当していることに加え、ブレイとプロデュース名義を分け合っています。

 そうした事情からメイソンのソロ・アルバムとして何も問題はありませんけれども、ピンク・フロイドのファン層とブレイやワイアットのファン層とはかなり異なるでしょうから、メイソンのソロとしてしまうと、そうした層を取りこぼすことになるのではないかと危惧します。

 少なくとも私は取りこぼされました。これだけ全面的にワイアットのボーカルが聴ける作品だとは思ってもいませんでしたし、すべてがブレイの楽曲だとも思っていませんでした。ここでの二人の活躍は主役級です。二人のファンにはぜひ聴いてほしいです。

 メイソンはブレイとマイク・マントラーが制作したアルバムのミックスを手がけたこともあり、親交は深いそうです。メイソンはレーサーとしての活躍が有名ですが、本業の音楽の面でも幅広い活動をしています。タンジェリン・ドリームのミックスなども手がけていましたね。

 本作品は、メイソンがソロ・アルバムを制作しようとしていた矢先に、ブレイがアイデアを詰め込んだカセット・テープをメイソンに送ってきたため、それならこれでいこうかと始まったそうです。メイソンはさっそくブレイとともにミュージシャンを集めて録音にかかります。

 集められたミュージシャンの多くはレコーディングも担当したマントラーを始めとするブレイ人脈のジャズ・ミュージシャンです。ロック畑からの参加は、ワイアットとクリス・スぺディングくらいのものです。いかにブレイ主体で話が進んだかが分かります。

 とはいえ、必ずしも本作品がジャズ・アルバムであるというわけではありません。ブレイはもともと音楽の幅の広い人ですし、ここではジャズの看板を外して楽しそうにさまざまな調子の曲を書いています。メイソンやワイアットも少しジャズ寄りくらいのスタンスです。

 面白いのはA面最後の「ホット・リヴァー」です。他の曲ではホーン・セクションが目立つ中で、この曲はピンク・フロイドを意識して制作されたと思われます。曲調がまさにそうですし、ギター・ジャンボリーのスぺディングはデヴィッド・ギルモア風のギターまで弾いています。

 ピンク・フロイドのドラマーのソロ・アルバムという看板を下ろして、ワイアット、ブレイ、メイソンの三者によるアルバムとして聴くとしっくりきます。ブレイらしい楽曲でワイアットがボーカルをとるという事実だけでも私には感慨無量です。メイソンはいい仕事をしたものです。

Fictitious Sports / Nick Mason (1981 Harvest)



Tracks:
01. Can't Get My Motor To Start
02. I Was Wrong
03. Siam
04. Hot River
05. Boo To You Too
06. Do Ya?
07. Wervin'
08. I'm A Mineralist

Personnel:
Nick Mason : drums, percussion
***
Robert Wyatt : vocal
Karen Kraft : vocal
Chris Spedding : guitar
Carla Bley : keyboards
Gary Windo : clarinet, flute, chorus
Gary Valente : trombone, chorus
Mike Mantler : trumpet
Howard Johnson : tuba
Steve Swallow : bass
Terry Adams : piano, clavinet
Carlos Ward, D. Sharpe, Vincent Chancey, Earl McIntyre : chorus