非常階段と並ぶジャパノイズの重鎮、メルツバウの1996年作品「パルス・デーモン」です。もともとはアメリカのインディーズであり、デスメタルを専らとするリラプス・レコードから発売された作品で、メルツバウの数多い作品の中でも人気と評価の高い傑作とされています。

 手元にあるCDはジャパノイズにも強いイタリアのレーベル、オールド・ヨーロッパ・カフェから2019年に再発された作品です。紙ジャケはオリジナル通り、銀と黒が波打つ光るジャケットが再現されています。大いに意味がありそうなジャケットです。

 メルツバウは「秋田昌美によるヴィーガン・ストレイト・エッジ・ノイズ・プロジェクト」です。秋田はフールズ・メイト誌にさまざまな文章を書いていた論客でもあります。私は同時代にはロック・マガジン派だったので、気になりながらも横目で活動をちらちら見る程度でした。

 そのメルツバウはもはや40年を超える活動を経て、なお元気、恐れ入ります。しかも、もっとも厳格なヴィーガンであるヴィーガン・ストレイト・エッジとしても世の中をリードする存在です。頭が下がりっぱなしです。ノイズの人は総じて元気です。

 本作品は過去に2回再発されていますけれども、手元盤では初めて秋田自身がリマスターを行っています。「元は1995年9月から11月にかけて録音された複数のDATテープである」とのことで、それぞれのテープから選ばれたサウンドが本作品にまとまっています。

 「EMSシンセサイザーを導入した初期の作品」だということで、「よりMerzbowの自然体で作っている」と秋田は語っています。その言葉通り、本作品ではオーバーダブやスタジオでの操作が排除されており、むき出しのメルツバウ・サウンドが聴かれます。

 そのサウンドはいわゆるハーシュ・ノイズで、76分にわたって暴力的なノイズの洪水に身も心も浸ることになります。それほど大音量で聴いたわけではありませんが、終わった後はしばらく頭がぼーっとしてしまいました。なかなかにハードなノイズです。

 秋田は、本作品のヴィジュアルについて、フィリップス・コンテンポラリー・アヴァンギャルド・シリーズのようなフランスの70年代エレクトロ・アコースティック・レコードへのオマージュだとしており、さらに輝く銀色はヘヴィ・メタルの色なのだと語っています。

 ここでのヘヴィ・メタルはウィリアム・バロウズが「ノヴァ急報」などで使った通りの意味合いであり、エルドンやキング・クリムゾンが同様のアプローチを行っていたとも。論客の秋田らしい発言です。確かにこの作品こそ本来の「ヘヴィ・メタル」なのかもしれません。

 本作品に詰まっているサウンドは、とてもクリアでシャープなノイズであり、息せくようなハイピッチで耳に突き刺さってきます。もう一人の横綱、非常階段がバンドであるのに対し、こちらはストイックなヴィーガンの秋田のソロ。思わず居住まいを正してしまいます。

 メルツバウの作品は多すぎてどれを選ぶか迷ってしまいますが、本作品はマストバイ・アルバムの一つでしょう。ウィキペディアには英語のエントリーはあれど日本語版はありませんけれども、それもまたメルツバウの現在を示しているようで興味深いです。

Pulse Demon / Merzbow (1996 Relapse)

参照:「Merzbow」(Corridor of Cells) 



Tracks:
01. Woodpecker No.1
02. Woodpecker No.2
03. Spiral Blast
04. My Station Rock
05. Ultra Marine Blues
06. Tokyo Times Ten
07. Worms Plastic Earthbound
08. Yellow Hyper Balls
(bonus)
09. 326 Pulse

Personnel:
秋田昌美