イタリアを代表するカンタトゥーレであるルーチョ・バッティスティの3作目のアルバム「8月7日午後」です。カンタトゥーレとはシンガーソングライターを指すイタリア語です。無味乾燥な英語とは異なり、発音するだけで地中海の風が吹いてくる素敵な言葉です。

 片山伸氏のライナーノーツによれば、「英米の様々なジャンルや様式を独学で習得したバッティスティは、イタリアの伝統的な歌曲との間に革命的な融合をもたらし、イタリアにおけるポップ/ロック音楽制作の第一人者と」なったとされています。

 バッティスティは作詞家のモゴールとのコンビでヒット曲を量産した他、自身で大手RCA傘下に新たなレーベル、ヌメロ・ウーノを起こして、気鋭のミュージシャンを育成しており、「いつしか『イタリア音楽界のゴッドファーザー』と呼ばれるように」なりました。

 本作品は日本にはキング・ヨーロピアン・ロック・コレクションで遅れて紹介されたのですが、その際には「PFMの前身バンド、クゥエリの演奏がたっぷりと聴ける」ことがセールス・ポイントでした。主客転倒していますが、彼のゴッドファーザーぶりがよく表れています。

 この作品は1971年7月に発表されました。新曲ばかりで構成されたコンセプト・アルバムであり、実験的な意欲作であったがために、ヒットメイカーとしてのバッティスティを推していたレーベル側は発売をしぶり、8か月間も凍結されていたという問題作です。

 しかし、こういう時はえてしてそうなりがちですが、本作品はチャートを制し、年間チャートでも10位に入る大ヒットを記録しました。バッティスティは、この作品発表後にレーベルとの契約が切れたため、自身が立ち上げたヌメロ・ウーノに移籍して、さらに自由を獲得していきます。

 本作品は原題を直訳すると「愛と非愛」となっており、ボーカル曲で表現される「非愛」とインストゥルメンタル曲で表現される「愛」が交互に出てくる構成になっています。バッティスティは全曲の作曲、歌とギターにピアノを担当しています。カンタトゥーレの面目躍如です。

 「愛」を示す4曲には歌詞はありませんが、やたらと長い曲名が付けられています。例えば、邦題に採用された楽曲は、原題を直訳すると「8月7日の午後、自動車墓場にある灼熱のシートの中で、僕だけがただ黙々と、しかし生き生きとしている」となっています。

 こうした情景をザ・プログレッシブ・ロックとして見事な演奏で聴かせるのは、本作品のすぐ後に結成されるPFMのメンバーたちと、イタリアのトップ・バンドとなるフォルムラ・トレのギタリスト、アルベルト・ラディウスたちです。リーダーとしてたばねるバッティスティの力量も凄い。

 ボーカル曲は作詞パートナー、モゴールとの共作であり、アコギが目立つカンタトゥーレ・スタイルです。地中海版のボブ・ディランとでも言いたくなるかっこよさです。この部分とプログレ全開のインストゥルメンタル曲が混在することが、本作品をぐっとタイトにまとめています。

 私の一推しは最後の「椅子」です。原題は「肘掛け椅子、コニャック一杯、テレビのニュース、イスラエルとヨルダンの国境で35人の死者」、悲しいことに今と重なります。奥行きのある演奏は本作品を締めくくるにふさわしい。重くのしかかります。

Amore E Non Amore / Lucio Battisti (1971 Ricordi)



Tracks:
01. Dio mio no おお神よ
02. Seduto sotto un platano con una margherita in bocca guardando il fiume nero macchiato dalla schiuma bianca dei detersive プラタナスでの集まり
03. Una ひとつ
04. 7 Agosto di pomeriggio, fra le lamiere roventi di un cimitero di automobili solo io, silenzioso eppure straordinariamente vivo 8月7日午後
05. Se la mia pelle vuoi 私を求めるなら
06. Davanti ad un distributore automatico di fiori dell'aereoporto di Bruxelles anch(io chiuso in una bolla di vetro フィオーリ
07. Supermarket スーパーマーケット
08. Una poltrona, un bicchiere di cognac, un televisore, 35 morti ai confini di Israele e Giordania 椅子

Personnel:
Lucio Battisti : vocal, guitar, piano
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Franco Mussida : guitar
Flavio Premoli : keyboards
Franz Di Cioccio : drums
Giorgio Piazza : bass
Alberto Radius : guitar
Dario Baldan Bembo : organ