まずは邦題のすばらしさに驚きます。ブライアン・フェリーのソロ・デビュー作は「愚かなり、我が恋」と名付けられました。原題はそれまで「思い出のかけら」として知られていたスタンダードの名曲です。それを思い切って「愚かなり、我が恋」。素晴らしいです。

 ロキシー・ミュージックの2枚のアルバムが成功した後、フェリーはさっそくソロ・アルバムの制作にとりかかります。それも意表をついた名曲カバー集です。今でこそ、徳永英明やロッド・スチュワートでお馴染みですが、この頃にロックでそんなことをする人はいませんでした。

 選ばれた曲には、ビートルズやローリング・ストーンズ、ビーチボーイズの大名跡や、ミラクルズやフォー・トップスを始めとするモータウン勢の曲が見られます。しかし、何より衝撃だったのは戦前戦後のスタンダード曲です。ここがフェリーさんの真骨頂です。

 サウンドもギターが活躍するロック的なサウンドではなくて、ホーンやストリングス、ピアノなどが大きくフィーチャーされたスタンダード風の演奏です。ブラス・ロックなどと言われていたくらいですから、そもそもホーンがロックに含まれていることすら珍しかった時代に、です。

 アントニー・プライスの衣装、フェティッシュな写真で知られるカール・ストーカーの写真からなるジャケットも素晴らしい。アメグラ風のチンピラ感がいいです。このジャケットも含めて、ここでのフェリーさんは身も心もあの頃の歌手になり切っているわけです。見事です。

 収録曲はすべてカバー曲です。フェリーのカタログ趣味によって選ばれたと思われるのは二曲、うち一曲はボブ・ディランの「激しい雨が降る」です。旅をする若者が世界のあちこちで体験した情景を描くことで社会を告発するメッセージ・ソングです。

 もう一曲は、「愚かなり、我が恋」、1930年代のスタンダードです。歌詞の内容は、些細なことが別れた恋人を思い出させるという他愛ないと言えば他愛ないものです。しかし、きちんと脚韻を踏んで並べられた情景の一つ一つは、極上におしゃれです。

 原文で味わって頂くしかありませんが、つたない訳を少々。♪ガルボの微笑みと薔薇の香り、バーを片付けながらウェイターが吹く口笛はクロスビーの歌♪、♪誰もいない駅に響く真夜中の汽車の溜息。脱ぎ捨てられた絹のストッキングはダンスへの誘い♪。

 PVでフェリーが成りきっているのは明らかにカサブランカのハンフリー・ボガートでしょう。そのPVも含めてこの曲は私の持つ「おしゃれ」のイメージを決定づけています。リズムがもっさりしていて泥臭いのですが、おそらく私が垢抜けすぎたおしゃれが嫌いなのもこの影響です。

 また、ビーチボーイズの「ドント・ウォリー・ベイビー」のアレンジが秀逸です。ロキシーに新たに加わることになるエディー・ジョブソンのバイオリンが光ります。ボーカルの引き具合も絶妙で、ビーチボーイズのヘロヘロ・ヴァージョンよりも私はこちらが好きです。
 
 アルバムは、全英5位のヒットとなり、ロキシーのフロントマンとして以上にアーティストとして成功を収めることになりました。ロキシーの中ではむしろイーノの人気が出てしまったことによる鬱屈がこのアルバムを作らせたのかもしれません。結果は大ヒット、さすがです。

These Foolish Things / Bryan Ferry (1973 Island)

*2013年2月10日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. A Hard Rain's A-Gonna Fall 激しい雨が降る
02. River Of Salt
03. Don't Ever Change
04. Piece Of My Heart 心のかけら
05. Baby I Don't Care
06. It's My Party 涙のバースデイ・パーティー
07. Don't Worry Baby
08. Sympathy For The Devil 悪魔を憐れむ歌
09. The Tracks Of My Tears
10. You Won't See Me
11. I Love How You Love Me わすれたいのに
12. Loving You Is Sweeter Than Ever
13. These Foolish Things 愚かなり、わが恋

Personnel:
Bryan Ferry : vocal, piano
***
John Porter : guitar, bass
Paul Thompson : drums
Eddie Jobson : violin, keyboards, synthesizer
David Skinner : piano
Roger Ball : alto sax, baritone sax
Malcolm Duncan : tenor sax
Harry Lowther : trumpet
***
Phil Manzanera : guitar
John Porter : drums
Ruan O'Lochlainn : alto sax
Robbie Montgomery, Jessie Davis : chorus
The Angelettes : chorus