タンジェリン・ドリームのヴァージン移籍後4枚目のアルバム「浪漫」です。原題は「ストラトスフィア」、成層圏を表すストラトスフィアのフィア部分を恐怖のフィアに置き換えるという剣呑なタイトルなのですが、日本盤ではまるで原題とはかかわりのない「浪漫」とされました。

 まことに素直な邦題です。レコード会社も気合が入っており、初回盤には横尾忠則による大型ポスターが添付されていました。ちょうどマイルス・デイヴィスの「アガパン」の頃です。暗い空間と海、シンセサイザーなどがコラージュされた素晴らしいポスターです。

 ジャケットのデザインはクック・キー・アソシエイツです。この頃はヴァージン・レーベルのデザインを手がけており、有名なヴァージンのロゴも同社がデザインしています。これまた広大無辺な空間を感じさせる素晴らしいデザインです。タンジェリンはビジュアルも素晴らしい。

 エドガー・フローゼはこのジャケット・デザインをよほど気に入ったのか、ヴァージン時代を総括したボックスセットのボックスにも採用しています。なお、写真はこれまで通り、フローゼ夫人のモニクが担当しており、家内工業的な雰囲気は残っています。

 この作品はタンジェリン・ドリームの音楽がよりメロディー重視に発展していく起点になったとされるアルバムです。ハープシコードやアコースティック・ギター、グランド・ピアノに鍵盤ハーモニカなどの生楽器を使用している点にもその動向が表れています。

 実に平和な音楽的変遷と言えるのですが、このアルバムの制作過程は技術的にも音楽的にもいろいろとややこしい問題が発生していたようです。マスター・テープが何度も消失してしまったり、出来上がったトラックが消えてしまったり、ミキシング・テーブルが燃えたり。

 さらには当初、ピンク・フロイドのニック・メイソンがミックスを手掛けましたが、そのオリジナル・ミックスをめぐってバンドとメイソンとの間に意見の食い違いが生じてしまいました。結局、このオリジナル・ミックスは発売されることはありませんでした。

 こんな経緯があったとは思えない落ち着いたアルバムです。メンバーは前作と変わりませんけれども、スタジオ盤でもいよいよ三人が三人ともモーグ・シンセサイザーを操ることになっています。このシンセの使い方がこれまでとは少し違うように思います。

 これまでは新しい楽器であるシンセサイザーの可能性を追求してきたタンジェリンですけれども、ここではいろいろな音が出せる楽器としてシンセを使っているようです。その意味ではピアノやギターと同じように使われているといってもよいでしょう。

 もちろんそれが悪いわけではありません。実験は終わり、長く続いてきた音楽の系譜に連なる音楽に電子楽器が組み込まれてきたということです。長めの曲が全4曲、いずれも電子リズムと美しいメロディーを持つ明快な曲ばかりです。新しいシンフォニーと言えます。

 アルバム・タイトルのみならず、各楽曲の曲名も、恐怖の成層圏だったり、午前三時のオーキフェノーキー湿地だとか、冥府の神ハーデースを探したり、見えない限界だったりと、不穏な空気が漂っています。曲名とあいまってとても映画的なサウンドになったともいえます。

Stratosfear / Tangerine Dream (1976 Virgin)



Tracks:
01. Stratosfear
02. The Big Sleep In Search Of Hades
03. 3 AM At The Border Of The Marsh From Okefenokee
04. Invisible Limits

Personnel:
Christopher Franke : Moog synthesizer, organ, percussion, loop mellotron, harpsichord
Edgar Froese : mellotron, Moog synthesizer, guitar, piano, bass, mouth organ
Peter Baumann : Moog synthesizer, Projekt Elektronik rhythm computer, Fender Rhodes, mellotron