セックス・ピストルズを抱えるまでのヴァージン・レコードは、マイナーながらも質の高いプログレ作品を送り出す良心的なレーベルとして知られていました。その中でも、最もヴァージンらしい作品がスラップ・ハッピーの本作品「カサブランカ・ムーン」です。

 ヴァージンの初期カタログは日本でも発売されており、数年遅れで本作品と出会うことができました、それこそすり減るほど聴いたものです。ポップな佇まいですから、誰もが気に入ると思って、いろんな友達に聴かせたのですが、あまり反応は芳しくありませんでした。

 スラップ・ハッピーはドイツの大手ポリドールからデビュー盤を発表しましたが、商業的には惨敗します。二枚目はさらに分かりやすい歌モノにしたつもりでしたが、ドイツの暗黒バンド、ファウストがサポートしたそのアルバムはレコード会社に発売を拒否されてしまいます。

 捨てる神あれば拾う神あり。当時、実験的な音楽の目利きだったヴァージンのリチャード・ブランソンの目にとまり、英国にわたって、ヴァージンの根城マナー・スタジオでその2枚目を録り直しました。サポート・ミュージシャンはファウストのペロン以外は総入れ替えです。

 ここで起用されたのは英国のセッション・ミュージシャンで、ケヴィン・エアーズ作品にも登場するドラムのエディー・スパロウや、何と全英チャート1位作品を40以上も抱えるクラム・カッティーニなどの他、ヘンリー・カウのジェフ・リーなど当時のヴァージンらしい人選です。

 そうして、1974年にめでたく発売されたのが本作品です。当時のヴァージンの作品群はかなり実験的な色彩が強かったにもかかわらず、彼らには「より大衆的に」というオファーがなされたそうで、実験色は控えめです。コマーシャルなポテンシャルがあると思ったんでしょう。
 
 歌詞は内容もさることながら、英語が実に滑らかに流れます。メロディーへの乗せ方が独特で、とても素敵です。サウンドは、アンソニー・ムーアのキーボードとピーター・ブレグヴァドのギターを中心に、エスニック風味をまぶした雑食のヨーロッパ調になっています。上品です。

 ダグマー・クラウゼのボーカルは前作に比べるとまろやかです。ウィスパーに近い。アヴァンギャルドに攻撃的な風情は全くありません。そして、美しいメロディー・ラインにはますます磨きがかかり、極上のポップスが展開されていきます。本当に素晴らしい作品です。

 紙ジャケ再発CDのライナーは敬愛する小島智さんが書かれています。「感性を刺激する表現はすべて隔てることなく、作為的な意識は全くなしにサウンドに反映している」ナチュラルネスが彼らの持ち味だと、お馴染みの小島節がさく裂しています。。

 そして、この作品は「たおやかな響きと独自のひねりが巧みに共存したといった感じの、奥行きを十分にのぞかせた仕上がりになっている」。全く同感です。タンゴ基調の異国のサントラ「カサブランカ・ムーン」を始め、捨て曲全くなしの名盤です。

 間章氏の言葉も添えておきます。「彼らにとってスラップ・ハッピーの音楽はアイロニカルで知的な快楽それもさえざえとした快楽なのであり、また遊戯なのである。そしてそのことに彼らは常に真剣である」。本当に素敵なアルバムです。私の宝物の一つです。

Slapp Happy / Slapp Happy (1974 Virgin)

*2012年11月13日の記事を書き直しました。

参照:「スラップ・ハッピー 奇想天外三人組」間章(「さらに冬へ旅立つために」)月曜社



Tracks:
01. Casablanca Moon
02. Me And Parvati 私とパーヴァティ
03. Half Way There
04. Michaelangelo
05. Dawn
06. Mr. Rainbow
07. The Secret 秘密
08. A Little Something
09. The Drum
10. Haiku 俳句
11. Slow Moon's Rose

Personnel:
Dagmar Krause : vocal
Peter Blegvad : vocal
Anthony Moore : keyboards
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Marc Singer, Eddie Sparrow, Clem Cattini : drums, percussion
Dave Wintour, Jean Herve-Peron, Nick Worters : bass
Graham Preskett : violin, mandolin
Roger Wootton : chorus
Clare Deniz : cello
Jeremy Baines : sausage bassoon
Andy Leggett : jugs
Henry Lowther : trumpet
Geoff Leigh : sax
Keshave Sathe : tabla