当初はあえて天井桟敷と一線を画し、新作のみを上演していましたが、他の劇団が寺山の戯曲を上演するようになったため、「『寺山演劇』の真髄を後世に伝えるべく寺山作品の上演を開始」しました。まさに天井桟敷を発展的に継承した劇団といえます。
私は幸いなことに学生時代に天井桟敷の演劇を見に行ったことがあります。「奴婢訓」だったと記憶しています。実験的でシュールなステージは大そう刺激的なものでした。それから約半世紀、万有引力の公演を見に行って参りました。圧倒的なステージでした。
本作品はその公演とは直接関係はありません。「万有引力Ｖｏｌ．５」と題された本作品には２０１７年から２０２１年に行われた万有引力の公演で使われた楽曲がまとめられています。具体的には第６５回本公演から第７１回本公演までの７公演が収録されています。
公演を列挙しておくと、まずは天井桟敷創立５０周年記念公演の掉尾を飾る「Ｑ」です。通常の会場公演ではなく、「渋谷周辺某所」で行われた実験的な演劇です。続いて、寺山の没後３５年を記念して彼の童話集から出来上がった「赤糸で縫いとじられた物語」。
第６７回本公演は同じ２０１８年の人形と俳優との偶発的邂逅劇「狂人教育」。第６８回は「劇場を運ぶ１００人の俳優たち２０１９年版」とされた「リヴォルヴィング・ランターン」です。この公演からの楽曲は作詞もシーザーが手がけています。
第６９回は幻想寓意劇「チェンチ一族」で、シーザーの演出で天井桟敷でも上演された劇で、ＪＡシーザー錬劇開闢◎天井桟敷・万有引力在籍５０周年を記念して上演されました。この公演からの楽曲ももちろん作詞・作曲はシーザーで、まさに彼の独壇場です。
第７０回は映画ブレードランナーの原作としても名高いフィリップ・Ｋ・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか？」を下敷きにした音楽劇「プロメテウス」。この公演では劇団員でシーザーの音楽制作の助手、飛永聖がほとんどの楽曲を作曲しています。
そして第７１回はまさに寺山演劇の原点、天井桟敷の第一作目だった「青森県のせむし男」です。シーザーの原点でもあるわけです。もちろん新たな演奏ではあるわけですから、この頃からシーザーの曲作りは一貫していたように感じます。
万有引力の俳優陣も合唱で参加していますが、ソロ歌唱は劇団の中心的な存在の森ようこを除けば、泉佳奈、小山由梨子、斎木智也とオペラやミュージカルの世界で活躍する歌手や舞台美術も手掛けるアーティスト、伊藤彩香と外部からの参加者が多いです。
サウンドはけして実験的なわけではなく、エレクトロニクスと生楽器が絶妙に組み合わされた聴きごたえのある音楽です。天井桟敷の頃から、民族の記憶を呼び起こすかのような時代を越えた音楽でしたけれども、ここでもシーザーは時代から超然としています。
Banyuuinryoku Vol.5 2017-2021 / Banyuuinryoku (2023 Aisan Crack)
Tracks:
第65回本公演「Q」
01. 航海術
02. ショゼイハンブラ
03. 花嫁御寮の血
04. 並木橋の少年探偵団
05. 天幕エレジー
第66回本公演「赤糸で縫いとじられた物語」
06. 赤糸で縫いとじられた物語～起奇記 Fairy Tale Terrorist～記憶の赤色糸
07. 消しちまった女房の歌
08. 土曜夫人に恋をした
09. 地球物語 A Book Bound In Leather
第67回本公演「狂人教育」
10. 赤い人形の肖像画
11. 人形の系譜
12. あたしのうた
第68回本公演「リヴォルヴィング・ランターン」
13. 時計歌不歌
14. 幼児ナルシス天然電気
第69回本公演「チェンチ一族」
15. ベアトリーチェ姦
16. 欲喰う化け吐綬鶏
17. 運命生贄
18. 愛なきにも見放されし愛なき哀歌
19. 死を告げる鐘の音
実験公演「プロメテウス」
20. プロメテウス「序章」
21. プロメテウス黙示録
22. アンドロイド誕生
23. 教主マーサー
24. 我ら苦難を分かち合わん。ヒトがヒト爲りうるが為
25. パンドーラ
26. ジャック・イン
27. 夢見ることを夢見る、アンドロイドたちの夢想曲（トロイメライ）
28. 劫火プロメテウス
29. プロメテウス「終章」
第71回本公演「青森県のせむし男」
30. 賽の河原の物語
31. 遺伝の花札
32. かごめ葬歌
Personnel:
J A シーザー
泉佳奈、斎木智也、伊藤彩香、森ようこ、飛永聖、小山由梨子 : vocal
万有引力俳優陣 : chorus