もうずいぶん前のことですが、アゼルバイジャンから陸路でジョージアに入ったことがあります。車窓の風景を眺めていますと、驚いたことに、この道程の中にアジアとヨーロッパとの境目がありました。街の佇まいが徐々にヨーロッパになっていったのです。

 しかし、最大の驚きは首都トビリシで軽めの昼食をとるために入ったレストランでの出来事でした。奥のテーブルを囲んでいた中年の男性客4人が、順番に実に見事なチャントを歌いだしたのです。祈りだったのでしょう。それほど音楽が息づいている国なのです。

 本作品はベルギーのプロデューサー、ダイヴ・サンダースがそんなジョージアにインスピレーションを得て制作したアルバム「スプラ」です。ここには、まさに私が感動した伝統的な聖歌や、ジョージアの伝統楽器などを使用したエレクトロニクス音楽が詰まっています。

 ディスク・ユニオンのサイトによれば、サンダースは「世界中の音楽に対するエキゾチシズムと壊れたビートを融合する鬼才」です。これまでインドネシアやネパールへのフィールドトリップを基に制作した作品が絶賛を浴びており、今回はその触手がジョージアに伸びました。

 サンダースがジョージアを訪問したのは2022年のことです。その旅の印象が本作品の楽曲制作のインスピレーションとなっているのはもちろんですが、ここではジョージアの伝統的な聖歌を直接使用してもいますから、ジョージア成分はかなり強いです。

 ところで、ベルギーにはユーロパリアという主にヨーロッパ各地の芸術と文化を国内に紹介する非営利団体があります。そのユーロパリアの2023年のテーマがジョージアでした。サンダースはこのユーロパリア・ジョージア・フェスティヴァルとコラボすることができました。

 また、録音機材などはトビリシにあるフォークロア・ステイト・センターが協力しています。その結果として、サンダースの本作品にはジョージアのさまざまな合唱団の協力を得ることができ、その見事な歌声や伝統楽器の演奏を本作品に取り込むことができています。

 さらにはサンダースお得意のジョージア各地でのフィールド・レコーディングも行われており、サウンドのテクスチャーにコーカサスの空気を添えています。じっくりとジョージアの音楽と風土に取り組んで作り上げた作品になっているということができます。

 基本はエレクトロニクス音楽ですが、ジョージアの結婚式の聖歌や子守歌、水牛への愛を歌った田舎のラブソングなどに触発された楽曲も並んでおり、ジョージアのさまざまな合唱団による美しいボーカルが組み合わさって、異国情緒と同時に郷愁を誘います。

 紹介にあった「壊れたビート」も特徴的で、聴いていると確かに再生機器に不具合があるのではないかと思わせるビートが時おり混じります。そうしたイガイガしたサウンドが、美しいだけではないジョージアの歌の深みに思いを馳せるきっかけにもなります。

 タイトルの「スプラ」は食卓を囲んで歌と食事を楽しむ集まりを指すジョージアの言葉です。私が目撃したトビリシでの出来事がスプラなのでした。本作品は全9曲、9人の参加者が順々に歌っていくイメージでしょうか。自分の順番が来るどきどきを胸に聴くのが楽しそうです。

Supra / Dyf Sanders (2023 Unday)



Tracks:
01. Bird's Milk
02. Panduri's Box
03. Water Of Chailuri
04. A Thousand Suns Rose In The Sky
05. Eyes Drinking Water
06. Knight In Panther Skin
07. Mingrelian Song
08. Seven Fridays A Day
09. What You Give Away Is Yours, What You Don't Is Lost

Personnel:
Dijf Sanders
***
Simon Segers : drums
Nargile : saz
Merab Merabishvili : chianuri
Folk-Ethnographic Ensemble Amer-Imeri, Ensemble Didgori, Givi Abesadze, Givi Bakradze, Shilda Choir, Ensemble Lalkhor : vocal