矢野有美は菊池桃子を一躍スターにした映画「パンツの穴」に準主役で出演していました。公開は1984年のことで、映画を見た私は菊池桃子よりも断然矢野有美のファンになったのですが、その後しばらくしてわずか足掛け5年の芸能活動を終えられてしまいました。残念。

 本作品は矢野有美がアルファ・レコードに残した唯一のアルバム「ガラスの国境」です。矢野はもともと資生堂のCMキャンペーンガールズ「シャワー」で歌手デビューしていましたが、その後は女優としての活動がメインとなり、ドラマ「金曜日の妻たちへ」などに出演しました。

 そして時は1985年、中山美穂、浅香唯、南野陽子、工藤静香のアイドル四天王がデビューした年に、ユーミンやYMOで有名なアルファ・レコードも一つアイドルを売り出してみようということとなり、白羽の矢が立った矢野有美がソロ・デビューを飾ったのでした。

 当初は王道アイドル路線を追求していた矢野ですが、世間の反応が今一つだったことから、アルファ・レコードも腹をくくり、YMOを世に送り出したアルファならではの、いわゆるテクノ歌謡路線に舵を切ることとし、デビュー・アルバムとなる本作品が誕生しました。

 プロデュースを主として行ったのはムーンライダースの岡田徹です。岡田は全曲で編曲も行っています。一部共同で編曲者にクレジットされているのは、山海塾から戸川純のヤプーズなど幅広く活動する吉川洋一郎とサイズの松浦雅也の二人です。

 作曲は、岡田、吉川、松浦に加えて、ムーンライダースの鈴木博文、ポータブル・ロックの鈴木智文、シュガー・ベイブの村松邦男、一風堂にして美空ひばりの「川の流れのように」の作曲で知られる見岳章、作詞にはパール兄弟のサエキケンゾウの名前もあります。

 実にアルファ・レコードらしい人選です。1980年代にはアイドル歌謡にこうした先端を行くアーティストが参加することが珍しくなかったとはいえ、ここは実力派アーティストを数多く抱えるアルファ・レコードの本気が見えます。まさにテクノ歌謡です。

 演奏陣も作曲者の他に、ムーンライダースの白井良明、ポータブル・ロックの中原信雄に野宮真貴、サロン・ミュージックの竹中仁見、リアルフィッシュの矢口博康と豪華です。さらにはジュリアン・ママの名前でコーラスに参加しているのはプリンセス・プリンセスだそうです。

 本作品はこうしたアーティストが手がけた作品らしく、1980年代半ばのポスト・テクノ・ポップ的なサウンドで、単にピコピコしているのではなく、曲によってさまざまにアプローチして深みのあるサウンドが聴かれます。矢野の実にアイドルらしい正直な歌唱が妙に映えます。

 ほぼ中原のベースが中心に座る「マーマレード飛行」や、サエキも認めるまるでスクリッティ・ポリッティな「恋のクスリはバンシャガラン」、サード・シングルとなった典型的テクノ歌謡「夏への手紙」など、結構振れ幅も大きい、いい曲がそろっていて聴きごたえがあります。

 当時もあまり売れませんでしたし、テクノ歌謡再評価にも漏れてしまった作品ですけれども、埋もれさせるにはもったいない傑作だと思います。「パンツの穴」から40年も立ちますけれども、今でも矢野有美の姿は目に焼き付いています。耳にも焼き付けていきます。

Garasu No Border / Yumi Yano (1985 アルファ)



Tracks:
01. 夏への手紙
02. Marine Blue
03. 恋のクスリはバンシャガラン
04. Stay Next To Me
05. マーマレード飛行
06. 幻の輪舞
07. 真珠海岸
08. ガラスの国境
09. Fade Out
10. ちぎれ雲にウィング

Personnel:
矢野有美 : vocal
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白井良明、鈴木智文、鈴木博文 : guitar
中原信雄 : bass
岡田徹、吉川洋一郎 : keyboards
矢口博康 : trumpet
前田ストリングス : strings
野宮真貴、竹中仁見、ジュリアン・ママ、シムラリエ、カガヤイツコ、タカハシマサエ : chorus