私が初めて藤井風を知ったのは紅白歌合戦でのことでした。いろいろと批判はありますけれども、紅白歌合戦は高齢者に若者の音楽との出会いの場を提供するという機能をしっかり果たしています。訳の分からないイベントになりさがったレコ大とはえらい違いです。

 藤井が紅白に出演したのは2021年のことで、岡山の実家での弾き語りからシームレスにステージに登場するという凝った演出がされていました。この時に歌ったのは本作品の次の作品からの曲が2曲です。もうこの時点では本作品は発表されて久しかったわけですね。

 次いで2022年にも紅白に出演しています。この時は本作品からの大ヒット曲「死ぬのがいいわ」が披露されました。NHKは紅白と連動した藤井の特集番組まで制作しています。ただ、翌年には出演していません。これは好感度大です。ちょっと出演するのがちょうどいい。

 ともあれ、なぜNHKが特集番組を制作したかといえば、「死ぬのがいいわ」がグローバル・ヒットしたからです。SNSを通じてタイから火が付くと、アジア諸国に飛び火し、これがヨーロッパやアメリカ、そして全世界へと拡散していきました。グローバル・ヒットです。

 昔と異なりヒットチャートが一筋縄ではいかないので、今一つ、このグローバル・ヒットを伝えることが難しいです。高齢者向けには、かつて米国のヒットチャートを制した唯一の日本人である坂本九になぞらえることがよいでしょうか。それくらいの偉業だということです。

 私も坂本九を思い起こしたのですが、藤井と坂本九との共通点は世界で大ヒットしたという事実だけではありません。二人に共通するのは、ごくごく自然に身についているR&B感覚でしょう。もちろん藤井はヒップホップ以降の感覚を加味したR&Bです。

 日本にもR&Bを歌う歌手はたくさんいますけれども、どことなく頑張って寄せていっている感じがしてしまうことが多いです。それがいけないというわけではないのですが、坂本や藤井のようにナチュラルに内側からにじみでてくる人はやはり強いです。

 本作品は藤井の人生哲学だという、「ヘルプ・エヴァー・ハート・ネヴァー」をタイトルとしたデビュー・アルバムです。出身地である岡山の方言も英語もこれまたごく自然に混ぜ合わせた歌詞がころころと転がるメロディーにぴったりあっており、心地いいことこの上ありません。

 それにしても岡山が来ています。桜井日奈子が岡山の奇跡と言われたのは少し前のことですが、その後も、千鳥やウェストランドのお笑い勢から、音楽の世界で世界とつながるサノケイタまで、これまで地味な存在であった岡山が脚光を浴びるようになってきました。

 話がそれました。本作品はデビュー・アルバムにしていきなり大ヒットを記録します。シングル・カットされた「何なんw」や「もうええわ」などの4曲もヒットしていますが、「死ぬのがいいわ」はシングルにはなっていないというのもまた味わい深いです。

 コロナ禍での発表となったアルバムです。逼塞を余儀なくされた世界中の若者に大いに響いた作品です。ピアノの弾き語りをゴージャスに展開したようなサウンドも見事ですし、その歌声はまさに現代のソウル・ミュージック。大したアーティストが現われたものです。

Help Ever Hurt Never / Fujii Kaze (2020 Hehn)



Tracks:
01. 何なんw
02. もうええわ
03. 優しさ
04. キリがないから
05. 罪の香り
06. 調子のっちゃって
07. 特にない
08. 死ぬのがいいわ
09. 風よ
10. さよならべいべ
11. 帰ろう

Personnel:
藤井風:vocals, piano
裕木レオン:drums
小林修己:bass
勝矢匠:bass
大月文太:guitar
福岡たかし:percussion
吉澤達彦:trumpet
大場なつき:flute
小田采奈:baritone sax
石井裕太:tenor sax
高井天音:trombone
小寺里奈、矢野小百合、亀田夏絵:violin
榎戸崇浩、菊池幹代、舘泉礼一:viola
水野由紀:cello