待ちに待ったXTCの新作「アップル・ヴィーナスVol1」です。本作品が発表された時には、日本の音楽業界が大いに盛り上がりました。その圧倒的な勢いに押されて、私も思わず買ってしまいました。本当に当時はすごく盛り上がったんですよ。

 そもそもCDの外装自体が尋常ではありません。まずジュエル・ケースが普通よりも分厚い。歌詞と写真満載の分厚い英文ブックレットに加えて、同じくらいの厚さの日本語ブックレット、そしてカード型の金ぴかジャケットが封入されるという気合の入りようです。

 ブックレットには、奥田民生を筆頭に14名に上る日本のアーティストからのXTC賛美の一言、ピーター・バラカンの序文、宮子和眞及び「XTCソング・ストーリーズ」の翻訳者、藤本成昌による解説、これまでの年表、それに川原真理子の訳詩。至れり尽くせりの仕事です。

 XTCはヴァージン・レコードのマスコットとして契約は存続していたものの、メンバーの暮らし向きが一向に良くならないことにしびれを切らして契約の見直しを求めてストライキを起こしました。その結果、ヴァージンの下を離れて自分たちのレーベルを立ち上げました。

 そうしてこのアルバムの制作にかかりますが、諸事情で大変な難産となりました。制作途中でデイブ・グレゴリーは脱退、さらにプロデューサーの「ラスト・エンペラー」のハイドン・ペンダルも途中で仕事を投げ出します。それでも何とか完成にこぎつけたわけですから立派です。

 ボリューム1というからには2もあるはずです。アンディー・パートリッジとコリン・ムールディングはこのアルバムのために40曲を用意し、2枚組も考えましたが、経済的な理由で断念しました。それで同じタイトルの2枚をある程度の時間を置いて発売する戦略にでたのです。

 本作品はその第一作でアコースティックな曲を集めました。これまでストリングスはちらほら導入されていたものの、ここまで大胆なものはなかったと思います。今回はギャビン・ライト率いるロンドン・セッション・オーケストラの優美なストリングスが大活躍です。

 サウンドは、新世紀を感じる音の洗練ぶりです。別にジャズをやっているわけではないのですが、絹のように深くなめらかな手触りがクラブ・ジャズを思わせます。同じパンクスだったエルビス・コステロがバート・バカラックと共演するに至った事情を思いだしました。

 もちろん、こちらは自分たちだけで彫琢に彫琢を重ねてここまで深くて落ち着いたポップスを展開しているわけで、「これは大英帝国の国宝だっ!」というザ・コレクターズの加藤ひさしの一言に私もいたく同意するものです。お米を磨きぬいた純米大吟醸のような作品です。

 プロデュースは途中からジェネシスとの仕事で有名なニック・デイヴィスが担当、ドラムはチューブスのプレイリー・プリンスです。トランペットはジャズ畑のガイ・バーカーとロンドン五輪の閉会式を手掛けた作曲家スティーヴ・シドウェルです。激渋ですね。

 どの楽曲も非の打ち所がない完成度の高さです。もはやロックのカテゴリーには収まらない作品なので、熱狂的に支持するということがやや難しい。そんなところが評論家受けはいいものの、チャート的には伸びきれない原因なのでしょう。本当にいいアルバムですけれども。

Apple Venus Vol.1 / XTC (2013 Idea)

*2013年7月24日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. River Of Orchids
02. I'd Like That
03. Easter Theatre
04. Knights In Shining Karma
05. Frivolous Tonight
06. Greenman
07. Your Dictionary
08. Fruit Nut
09. I Can't Own Her
10. Harvest Festival
11. The Last Balloon

Personnel:
Colin Moulding : vocal, bass
Andy Partridge : vocal, guitar
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Dave Gregory : piano, keyboards, guitar, chorus
Prairie Prince : drums
Guy Barker : trumpet, flugelhorn
Steve Sidwell : trumpet
Gavin Wright & London Session Orchestra
Nick Davis, Hayden Bendall : keyboards