マイルス・デイヴィスの長いキャリアの中で、「イン・ア・サイレント・ウェイ」から始まる数年間は、マイルス自身も胸をはる創造的な時期でした。1969年からの四年間で、「一〇枚、いや、もっとたくさんのレコードを作ったはずだ」と振り返る多産な時期です。

 しかも「一枚一枚のレコードで、まったく違うことをやっていた。どの音楽も、すべて前よりも変わっていたし、誰も聴いたことがないことをやっていた」と胸をはっています。この後、活動を休止してしまうわけですから、消えかかる前にひときわ明るく輝いたということです。

 「ゲット・アップ・ウィズ・イット」は1974年11月に発表された二枚組アルバムです。本作品には1970年5月から1974年10月に至る足掛け5年間のセッションからの音源が収録されています。すなわち多産な時期を代表するコンピレーション・アルバムです。

 このアルバムを有名にしているのは、1曲目の「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」の存在です。この曲は1974年5月に亡くなったデューク・エリントンに捧げられた曲です。曲名はエリントンが聴衆に向かって呼びかける「アイ・ラヴ・ユー・マッドリー」からとられています。

 曲が録音されたのは1974年6月のことですから、エリントンが亡くなった翌月です。マイルスは黒人文化を背負って立つ気概のある人ですから、その先達となるエリントンに対するリスペクトも大きい。エリントン楽団に誘われた時の有頂天ぶりがそれを雄弁に語っています。

 この曲はピート・コージー、レジー・ルーカス、ドミニク・ガモーと三人のギター奏者を擁するエレクトリックの洪水のような曲で、管楽器はマイルスのトランペットとデイヴ・リーブマンのアルト・フルートのみです。マイルスはエリントンのために吹きまくっています。

 アルバムにはこの後に録音された「マイーシャ」と「エムトーメ」の2曲が収録されており、これでゆうに1枚のアルバムとなります。アルバム全体がエリントンに捧げられているのですから、これだけでもよかったはずです。しかし、それで済まないのが当時のマイルスです。

 録音順でいえば、最も古いのは1970年の「ホンキー・トンク」で、これはマイルス史上最高のロック・アルバムとされる「ジャック・ジョンソンに捧ぐ」のセッションからのテイクです。ジョン・マクラフリン、ハービー・ハンコック、キース・ジャレットなどが参加しています。

 続くのは「オン・ザ・コーナー」の頃のセッションからの曲です。「レイテッドX」や「ビリー・プレストン」、「レッド・チャイナ・ブルース」がそれにあたります。「レイテッドX」ではマイルスはオルガンを演奏しています。ファンキーなグルーヴにぐしゃっとしたオルガンが絡みます。

 残るのはこれまた30分以上の超大作「カリプソ・フレリモ」です。1973年9月に録音されています。カリプソと名がついてますけれども、あの脳天気なカリプソ感はまったくありません。呪術的なサウンドが祈りを感じさせます。エリントンへのトリビュートにふさわしい。

 この作品には同じような曲がほとんどなく、ブルースっぽい曲やポリリズムを強調したクラブ・ミュージックっぽい曲からファンキーな曲まで、同じエレクトリック・マイルスでもその守備範囲が広い。こちらの気分に合わせていかようにも聴ける楽しい作品です。

Get Up With It / Miles Davis (1974 Columbia)

参照:「マイルス・デイヴィス自伝」中山康樹訳(シンコー・ミュージック)



Tracks:
(disc one)
01. He Loved Him Madly
02. Maiysha
03. Honky Tonk
04. Rated X
(disc two)
01. Calypso Frelimo
02. Red China Blues
03. Mtume
04. Billy Preston

Personnel:
Miles Davis : trumpet, piano, organ
Wally Chambers : harmonica
David Liebman, Sonny Fortune : flute
Steve Grossman, Carlos Garnett, John Stubblefield : soprano sax
John McLaughlin, Cornel Dupree, Reggie Lucas, Pete Cosey, Dominique Gaumont : guitar
Khalil Balakrishna : sitar
Herbie Hancock : clavinet
Keith Jarrett, Cedric Lawson : piano
Michael Henderson : bass
Billy Cobham, Al Foster, Bernard Purdie : drums
Airto Moreira, Mtume : percussion
Badal Roy : tabla