これはまた異次元のジャケットです。ハエたたきを手に戦うフランク・ザッパ先生のイラストは筋肉の描写がやけに劇画っぽくてしびれます。イラストはタニーノ・リベラトーレというイタリアのコミック作家です。何でも「ランク・ゼロックス」という作品が有名な方だそうです。

 この絵はイタリアのミラノで行われた先生のライブにて、大量の蚊に悩まされた上に客席で暴動が起こったという事件を題材にしています。ジャケット裏面は客席をステージから眺めた絵になっていて、客席では殴り合いも行われています。ご丁寧に教皇もご列席ですね。

 「ハエ・ハエ・カ・カ・カ・ザッパ・パ」は八木康夫氏が本作品につけた邦題です。今では「マン・フロム・ユートピア」と原題のカタカナ表記が使われています。残念ですが、このマニアな感じが先生を一般ファンから遠ざけたとも言われていますから、仕方がありませんが。

 このアルバムは先生のキャリアの中でも最も人気のないアルバムの一つとされています。とはいえもちろん力作です。メンバーはほぼ前作と同じで、以降の先生を支える腕利きが揃っています。ただ、残念ながら前作では大活躍だった娘のムーンは入っていません。

 そこが人気のないポイントかと言いますと必ずしもそうではありません。全11曲が収録されていて、そのうち3曲がインストゥルメンタルですが、どの曲も比較的短くて、いわば小品集といった趣きで、大きな話題に乏しい。そんなところが不人気の秘密なのだと思われます。

 それでも、話題がないわけではありません。「デンジャラス・キッチン」や「ジャズ・ディスチャージ・パーティー・ハッツ」などは話題性十分だと思います。ここではザッパ先生の饒舌な語り調ボーカルを超絶技巧のスティーヴ・ヴァイがほぼ完全にギターでなぞっています。

 先生の即興によるボーカルが先で、ヴァイのギターが後からダビングされたものです。ヴァイは「インポッシブル・ギター・パーツ」担当とクレジットされていますが、この演奏はヴァイにとっても大きなチャレンジだったそうで、彼はそれを乗り越えることに燃えたそうです。

 ちなみにこの2曲、前者は後にライブでの定番となりますが、後者はそうではありません。何といっても歌詞がえぐすぎる。訳詞をご紹介すると私の人格を疑われそうなのでやめておきます。代わりに曲を紹介しておきますけれども、訳詞などは試みられませんように。

 本作品では、スコット・チュニスのベースとチャド・ワッカーマンのドラムスという、80年代のザッパ・バンドを支えるサイバーなリズム隊が本格稼働しています。二人とも凄く達者なミュージシャンで、先生の求める複雑なリズムを見事に響かせています。

 それ以外の曲の中では、インストの3曲が素敵です。ロックというよりも、運動会のBGMに流れてきそうなタイプの曲ですが、これが素晴らしい。思わず行進したくなるような曲です。ボーカル曲も少し間が抜けている感じが楽しいです。ドゥーワップあり、レゲエありですし。

 小品集は小品集なりの楽しみができるので、私はこのアルバムのことが結構好きです。いつものように世間の憂さを完全に忘れさせてくれるピュアな音楽には違いありませんし、その上にこの小品集は何だか落語を聴いているようなカタルシスがあります。

The Man from Utopia / Frank Zappa (1983 Barking Pumpkin) #036

*2013年7月22日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Cocaine Dicisions
02. SEX
03. Tink Walks Amok
04. The Radio Is Broken
05. We Are Not Alone
06. The Dngerous Kitchen
07. The Man From Utopia Meets Mary Lou
08. Stick Together
09. The Jazz Discharge Party Hats
10. Luigi & The Wise Guys
11. Moggio

Personnel:
Frank Zappa : guitar, vocals, ARP2600, Linn drum machine
Steve Vai : impossible guitar parts (on strat and acoustic)
Ray White : guitar, vocals
Roy Estrada : Pachuco Falsettos, etc
Bob Harris : boy soprano
Ike Willis : bionic baritone
Bobby Martin : keyboards, sax, vocals
Tommy Mars : keyboards
Arthur "Tink" Barrow : keyboards, bass, micro-bass, rhythm guitar
Ed Mann : percussion
Scott Thunes : bass
Chad Wackerman : drums
Vinnie Colaiuta drums (on 06, 09)
Craig "Twister" Steward : harmonica
Dick Fegy : mandolin
Marty Krystall : sax