もともとの邦題が素晴らしいです。「フランク・ザッパの○△□」。ジャケットのデザインを言葉にしたそうですが、何が何やら分かりません。そこが素敵。ただし、現在は「たどり着くのが遅すぎて溺れる魔女を救えなかった船」という直訳邦題になっています。

 大作群の後の何気ないシングル・アルバムという佇まいで発表された本作からは、何とシングル・ヒット曲が誕生しました。ザッパ先生にとっては生涯唯一の全米トップ40ヒット曲です。大変な驚きです。先生とシングル・ヒット、この取り合わせが可愛らしいです。

 曲は「ヴァリー・ガール」、超絶の演奏に乗せて、先生の娘さん、ムーン・ザッパがラップというかしゃべくりをかますというものです。歌詞は全く聴きとれませんし、書きおこしを読んでもさっぱり意味が分かりません。とにかく若い女の子特有の話法です。

 訳詞の総合監修をしているアダム・カウフマンによると、ヴァリー・ガールとは「南カリフォルニア、サン・フェルナンド・ヴァレイの中流以上の家族が多く住んでいるエリアに住む、高校生くらいの年齢で超ミーハーの女の子の一群のこと」だそうです。

 港区のギャルJKを思い浮かべればよいでしょうか。いわゆるギャル語です。日本語では主に語彙の違いに表れますが、英語だとアクセントの違いになるのでしょう。このギャル語を駆使したムーンの即興によるおしゃべりは全米にかなりのインパクトを与えたのでした。

 この時、ムーンはわずかに14歳です。ブックレットにはムーン13歳が先生のスタジオのドアのすき間に差し込んだ、自分を売り込むかわいい手紙が掲載されています。「興味があればエージェントに連絡してくれ」、そのエージェントがお母さん。何と微笑ましい。

 本作品は、この「ヴァリー・ガール」を含む前半部分がスタジオ録音、「溺れる魔女」から「十代の娼婦」までの後半部分が主にライヴ録音で構成されています。ライヴは1981年9月から12月の全米ツアーからの音源が使われています。80年代の無双のザッパ・バンドです。

 メンバーは、レイ・ホワイト、アイク・ウィリス、トミー・マース、ボビー・マーチン、エド・マン、スコット・チュニス、チャド・ワッカーマンと、これからの先生を支える面々です。加えて「不可能なギター・パート」を演奏するスティーヴ・ヴァイ。これは最強の布陣です。

 ムーンに引っ張られたわけではないでしょうが、ボーカルも充実しています。「ノー・ノット・ナウ」では懐かしのロイ・エストラーダのファルセット、「アイ・カム・フロム・ノーウェア」ではこれまた懐かしいボブ・ハリスが調子はずれのヘロヘロ・ボーカルを聴かせます。

 そしてライヴの「娘17、売春盛り」なんていうとんでも邦題がついていた「十代の娼婦」ではリサ・ポピエルの美しい女声ボーカルが登場します。こうしたボーカルを支える演奏がシンプルながら高度な演奏力に裏打ちされていてかっこいいです。

 一方で「溺れる魔女」から「エンヴェロウプス」は久しぶりに現代音楽的な構造を持ったインスト中心の楽曲です。「春の祭典」からの引用も含まれていて、うっとりさせられます。両者あいまって80年代の先生のプロト・タイプがここにあると言ってよいでしょう。

Ship Arriving Too Late to Save a Drowning Witch / Frank Zappa (1982 Barking Pumpkin) #035

*2013年6月28日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. No Not Now
02. Valley Girl
03. I Come From Nowhere
04. Drowning Witch 溺れる魔女
05. Envelopes
06. Teen-Age Prostitute 十代の娼婦

Personnel:
Frank Zappa : lead guitar, vocals
Steve Vai : impossible guitar parts
Ray White : rhythm guitar, vocals
Tommy Mars : keyboards
Bobby Martin : keyboards, sax, vocals
Ed Mann : percussion
Scott Thunes : bass
Arthur Barrow : bass
Patrick O'Hearn : bass
Chad Wackerman : drums
Roy Estrada : vocals
Ike Willis : vocals
Lisa Popiel : vocal
Moon Zappa : vocal