キリエのデビュー作、その名も「デビュー」です。多くの人にとっては、「あっ、そうですか」という話でしかありませんけれども、これは岩井俊二監督の映画「キリエのうた」の主人公が現実にデビューしたというお話です。サントラはこれとは別に発表されています。

 劇中でキリエを演じたのは元BiSHのアイナ・ジ・エンドです。アイナはもちろんソロ作品も発表していますから、これがデビュー作というわけでもありません。これからキリエとして活動を続けるつもりかどうかも定かではないので、当面は一発企画ということなのでしょう。

 映画を見ていないので偉そうなことは言えないのですが、心に傷を負って歌えるけれども喋れなくなった女性キリエの物語ですから、劇中でも歌がかなりの比重を占める様子です。劇中でキリエはオリジナル曲やカバー曲を数多く歌っており、その勢いでデビューに至りました。

 本作品にはキリエが劇中で歌ったオリジナル曲ばかりではなく、キリエとしての新曲も多数収録されています。本当に映画から飛び出した歌手キリエのデビュー作仕様になっています。しかも曲の大半はキリエことアイナ・ジ・エンドが作詞作曲を手掛けています。

 キリエはアイナ・ジ・エンドが演じており、キリエの歌はアイナが歌っているのですが、キリエとアイナはもちろん同一人物とはいえません。あくまでキリエはアイナが演じているキャラクターです。そのことは映画の延長にある本作品にもあてはまります。

 実際、アイナ自身のこれまでの作品と本作品は微妙に異なります。もちろん180度違うわけではありませんけれども、このニュアンスの違いは大きい。映画の撮影中にはまだBiSHとしての活動も継続していたアイナ自身もかなり混乱してしまったそうですし。

 この時期、アイナは別プロジェクトで「ジャニス」にも出演してジャニス・ジョプリンを演じるというさらなる分裂状態に置かれています。いずれもアイナらしいキャラクターではあるものの、演じている本人としてみれば大変だったことでしょう。やりとげたアイナは偉い。

 サウンド面は一般にはミスター・チルドレンとの仕事で有名な小林武史が仕切っています。小林は全曲のアレンジを手掛けるのみならず、キーボードを中心に演奏もしていますし、テーマ曲でもある「キリエ」など5曲の作曲や作詞も行っており、まさにザ・プロデューサーです。

 このこともまたこれまでのアイナ作品との違いです。ここでは岩井俊二監督の映画らしい透明な空気感が伝わってくるオーガニックな感触のサウンドです。このサウンドを背景にアイナ、いやキリエが歌う。シャウトするというよりもじっくり歌を聴かせる感じです。

 岩井監督は一部作詞にもクレジットされていますけれども、それ以上に全体のコンセプトを支配しています。アイナにしても小林にしてもそのコンセプトに沿って歌詞を書いています。全12曲で一つのまとまった世界が現出しており、コンセプト・アルバムのお手本です。

 各楽曲に驚きがあるというわけではありませんが、その分安心して物語の世界に浸ることができます。こういう時のアイナの歌唱は凄いです。その点では、劇中で歌った米津玄師や優里、あいみょんなどの歌も入れて二枚組にしてもよかったのではないかと思いました。

Debut / Kyrie (2023 Avex Trax)



Tracks:
01. キリエ~序曲
02. ひとりが好き
03. 幻影
04. 宙彩(ソライロ)になって
05. ずるいよな
06. 名前のない街
07. ヒカリに
08. 前髪上げたくない
09. 虹色クジラ
10. もらったもの
11. 燃え尽きる月
12. キリエ・憐れみの讃歌

Personnel:
Aina The End : vocal, guitar
***
小林武史 : keyboards, etc.
Yukio Nagoshi, Shoko Nakamura, Masakage Ito : guitar
Kyoichi Shiino, Yukino Matsuura : drums
Maki Kitada, Kiichiro Okunuki : bass
Shoko Oki, Miho Shimokawa, Mikiko Ise, Junko Suzuki, Moemi Harada, Izumi Taniguchi : violin
Fumiko Aoki, Mikiyo Kikuchi : viola
Udai Shika : cello