本人が失敗作だとする作品を聴くのは気が楽です。大傑作だと事前に本人に言われてしまうと構えてしまいますが、失敗作だと、「どれどれ」ってな調子で作品に向かうことができます。まあ発売されているわけですから、箸にも棒にも掛からない作品であるわけはありません。

 加藤和彦の「ヴェネツィア」に続くソロ・アルバムは「マルタの鷹」と題されました。一目瞭然、ハードボイルド界の金字塔であるダシール・ハメットの同名小説に由来したタイトルです。加藤は「ハードボイルドの感じを出したかったんだけれども」と語っています。

 「マルタの鷹」はハードボイルド界の二大スターの一人、サム・スペードを生んだ小説でもあります。ちなみにもう一人はフィリップ・マーロウ、レイモンド・チャンドラーの小説に登場します。ここに謎解きよりも探偵の魅力で魅せるハードボイルドが誕生しました。

 日本にもハードボイルドはもちろん存在します。創元推理文庫では「日本ハードボイルド全集」が刊行されており、生島治郎、大藪春彦、河野典生、仁木悦子、結城昌治、都築道夫の作品が収録されています。ことに大藪の「野獣死すべし」は映画でも馴染みが深い。

 ただ、ハードボイルドは舞台が身近に過ぎると没入できない恨みがあり、その点で日本が舞台だとやや不利です。音楽作品である加藤の本作品も、若干、ちぐはぐな感じがあります。19世紀のヨーロッパをテーマにして違和感のなかった加藤ですけれども。

 本作品で加藤は「ジャジーなアルバムを作りたかった」と語っています。そして失敗の原因をハードボイルドと「ジャズを結びつけたのは無理があった」としています。そのジャズも「ジャズのミュージシャン使ったんじゃ本当のジャズになっちゃうから」と自分でやったジャズです。

 具体的には「三か月くらい個人的にジャズを勉強し」、サックスを買って練習し、「自分一人だけで遊んでジャズをしてしまったというジャムセッション的アルバム」に仕上げたのが本作品ということになります。そのせいか参加しているのは気心の知れた人ばかりです。

 清水靖晃、大村憲司、小原礼、高橋幸宏と参加アーティストを並べると壮観ですけれども、いずれも部分的な参加に過ぎません。自分一人のジャムセッションと言うだけあって、演奏に占める加藤の比重が極めて大きいアルバムになっています。

 一方、二曲だけですけれども、イタリアの映画音楽界の巨匠カルロ・サヴィーナを招いてオーケストラの編曲と指揮を委ねています。これがアルバム全体の雰囲気を決定づけているように思います。ビバップ以前のビッグバンド・ジャズの空気が濃厚です。

 結局、ジャズとハードボイルドというかの地では相性がよさそうな二つのテーマを日本でやろうとしたことに無理があったということなのかもしれません。とはいえ、演奏はなかなか面白いですし、各楽曲のタイトルなどハードボイルド感が濃厚でかっこいいです。

 本人が「『マルタの鷹』は失敗作ですね」とおっしゃるのでその前提で書いてきましたが、これはこれで意欲的で面白いです。ハードボイルドは映画に馴染むジャンルでもあり、本作品も一編の映画を見るように楽しむことができます。不滅の傑作というわけではありませんが。

Maltese Falcon / Kazuhiko Kato (1987 Eastworld)

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. Artichoke & Frescobaldi
02. Cozy Corner
03. Fancy Girl
04. China Town
05. December Song
06. Joker
07. Baccarat Room
08. Turtle Club
09. Just A Sympathy
10. Midnight Blue

Personnel:
加藤和彦 : vocal, piano, cornet, Fairlight CMI
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清水靖晃 : sax, clarinet, pianom, Fairlight CMI
大村憲司 : guitar
小原礼 : bass
高橋幸宏 : drums
Carlo Savina Orchestra