ヒムカルトは米国ネバダを拠点に活動するエスター・カルカイネンによるプロジェクトです。すでに数々の作品を発表していますが、本作品は2020年にマリグナントなるレーベルから発表されてすぐに完売したセカンド・フルアルバムがCDにて再発されたものです。

 名前から判断するにカルカイネンはフィンランド系のようです。プロジェクト名のヒムカルトはフィンランド語では「貪欲に」という意味になります。カルカイネンがヒムカルトを名乗って活動をするようになったのは、彼女の元恋人マリーが2014年に自殺してからのことです。

 フルサービスのセックスワーカーだったマリーは、カルカイネンをストリップ業界に引き込んだ女性ですが、もちろん彼女にとってはそれ以上の存在です。マリーにぞっこんだったカルカイネンはマリーの死と彼女へのエロティックなオブセッションを通じてヒムカルトになりました。

 公式サイトにはカルカイネンによるマリーへの熱い想いが吐露されており、引き込まれる写真の数々とともに掲載されています。ヒムカルトは写真やコラージュ、ゼロックスを駆使したビジュアル・アートの分野においても素晴らしい作品を発表し続けている人です。

 本作品「セプティック」は2019年から制作が始まり、2020年、コロナ禍の最中にLPで発売されました。CDはLPの物理的限界のために若干妥協した部分を元に戻し、さらにボーナス・トラックを2曲追加した上で、オールド・ヨーロッパ・カフェなるレーベルから発売されました。

 6面パネルのデジパックに12ページの美麗なブックレットが付いた見事な仕上がりです。ヒムカルトによるビジュアル・アートはサウンドと一体です。ジャケットは写真をゼロックスしたものを短冊状に切り刻んでコラージュしているようです。彼女のサウンドそのものです。

 ヒムカルトは「ノイズ、ヴォイス、エレクトロニクス、ゼロックスを使い、欲望、渇望、敵意、激怒、熱狂、憂鬱、血、肉体を媒介したサウンドによる身体の複製と再生産を使っている」と説明されています。ノイズ/エレクトロニクス系のサウンドに肉体がまとわりつきます。

 さらにその作品は「フェミニズム、性的な逸脱、パワー・エレクトロニクス、インダストリアル・ノイズの戦略とコンセプトに関わっている」のだと宣言されています。このパワー・エレクトロニクスとインダストリアル・ノイズが直接的にサウンドを説明しています。

 高音ノイズよりも、中低音域に厚いインダストリアルなノイズがその中心であり、1980年代から始まるインダストリアル・サウンドの流れに沿っているといえます。また、エフェクトを目いっぱい効かせたボーカルがノイズの一部としてコンセプト部分を担っているようです。

 タイトルの「セプティック」は細菌感染を意味する形容詞です。ヒムカルトの作り出すノイズの世界は肉体を否が応でも想起させます。映画でいえば月並みですが「ソウ」の世界。そこに救いはあるのかどうか判然としませんけれども、腹の底が震えるような感覚です。

 インダストリアル系のノイズ・サウンドはすかっとするものが多い印象を持っていましたが、ヒムカルトの本作品はもやもやしたものが後味として残ります。ブックレットのビジュアル・アートの影響も大きいのでしょう。いろいろと考えさせられる作品です。

Septic / Himukalt (2020 Malignant)



Tracks:
01. Genetic Error
02. The Drive To Oblivion
03. Cowards
04. Septic
05. The Gun In Her Mouth
(bonus)
06. Petit Mort
07. Is She My Mirror?

Personnel:
Ester Kärkkäinen