加藤和彦のヨーロッパ三部作の最後を飾るのは、まさに真打ち登場、フランスです。それも1920年代のフランスです。第一次世界大戦の終結から大恐慌が始まるまでの、いわゆる「狂乱の時代」にあったフランスです。新たな意識が誕生した創造性豊かな時代でした。

 アルバムのタイトルは「ベル・エクセントリーク」、「狂乱の時代」の一つ手前、主に19世紀末から第一次世界大戦勃発までの間を指す「ベル・エポック」に呼応しているのでしょう。アルバム・タイトルからして徹底しています。いわんやサウンドをや、というところです。

 ジャケットには金子國義のペインティング、封入されたブックレットには当時のヨーロッパを語らせれば右にでる者がいない海野弘による文章が印刷され、トータルにすごいことになっています。ジャケット裏やブックレットは見事に金色に輝いています。

 この金色を使うことについて、レコード会社側は金がかかりすぎると難色を示したそうですが、ここは妥協を許さぬ加藤が押し切りました。全体に全く隙がないことが分かるエピソードです。しかし、よく制作側ともめる人です。それだけアーティスト性が高いということでしょう。

 加藤は本作品の制作にあたり、「1920年代のパリでのいろんなアーティストのつながりとか云々とかに刺激されて」本を読み漁り、「だいたい半年はその話しかしないんだ。安井と二人で異常なくらい」という状況でした。「完全にその時代の人になり切っちゃってるんだよ」。

 こうして準備が整うと高級合宿に出発です。今回はもちろんパリ、郊外にある世間から隔絶されたシャトーでの合宿です。参加メンバーはほとんどYMOファミリーそのものです。ドラキュラごっこ、夜中の遠吠え合戦、コンバットごっこに興じながら制作は進められました。

 高級合宿にて「とりあえず不思議な空間を共有しあった」御一行によるアルバムです。高級合宿も三度目となり、コツも分かってきたのでしょう、これまで以上に一体感が感じられる演奏が展開されていきます。三部作もここに極まった印象です。

 アルバムのサウンドはこれまで以上にトータル感が溢れています。一曲一曲はもちろん独立しているわけですけれども、空気は全く共通しており、ゴージャスです。おそらくは半年以上に及ぶ熟慮が醸し出した20年代のパリの空気が満ちてきているのでしょう。

 アルバムの最後にはエリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴュ」を坂本龍一がピアノで弾いています。当時、日本ではまだサティが話題になり始めたばかりの頃でした。1925年没のサティは晩年にはダダイズムに傾倒していましたから、まさに「狂乱の時代」の人ともいえます。

 本作品は高い評価を得ています。ミュージック・マガジン誌1981年9月号では中村とうよう氏が「おめでとう、加藤くん。ついにやったね。」とクロスレビューで10点満点をつけていました。私もアルバムとしては三部作の中で本作品が一番好きです。

 「ある種変な、悪い意味じゃなくて、興奮状態がずっと持続したまま作ってたから、あれはなんか、もう出来ないかなって。」と加藤が述懐する通り、これは奇跡の一枚なのでしょう。少々収録時間は短いのですが、アルバム全体が光り輝く稀有な一枚です。

Belle Excentrique / Kazuhiko Kato (1981 ワーナー)

*2013年12月5日の記事を書き直しました。

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. ロスチャイルド夫人のスキャンダル
02. 浮気な Gigi
03. American Bar
04. ディアギレフの見えない手
05. ネグレスコでの御発展
06. バラ色の仮面をつけた MmeM
07. トロカデロ
08. わたしはジャン・コクトーを知っていた
09. Adieu, Mon Amour
10. Je Te Veux

Personnel:
加藤和彦 : vocal, guitar
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大村憲司 : guitar
高橋幸宏 : drums
細野晴臣 : bass
坂本龍一 : chamberlin, Prophet 5, piano
矢野顕子 : piano
清水信之 : synthesizers, marimba, timpani, piano
松武秀樹 : MC-8
Nadia Dancourt