フォーク・クルセダーズ、略してフォークルは大学に入るために京都に戻った加藤和彦が結成したフォーク・グループです。結成にあたって、男性ファッション誌「メンズクラブ」に募集広告を掲載してメンバーを集めたという、とてもフォークらしくない逸話が残されています。

 募集広告を見て集まってきたメンバーは全員学校が違ったそうですが、結局5人に絞られました。ここからも二人は出たり入ったりしていますから、結局、加藤ときたやまおさむ、平沼義男の三人で活動する期間が長く、何となくトリオと認識されています。

 フォークルは京都でステージ活動を始め、次第に人気を得ていきます。「最初は真面目にやってたんだけど、上手いグループじゃないから」、「だんだんコミック性が強くなって、チャンバラトリオに近くなってっちゃった」と加藤は語っていますから当時の様子が分かります。

 フォークルが当時のフォーク・シーンの中で残した際立った業績が自主制作アルバムの発表です。日本初の本格的なインディーズ・レーベルであるURCが生まれるのはまだ先の話です。この当時、そんな発想をする人はほとんどいませんでした。

 とはいえ、彼らも誰かがレコードを作ったと聞いて思い立ったのだそうです。メンバーの大学卒業を控え、解散前に記念にとちゃんとスタジオを借りて本作品となるLP「ハレンチ」が制作されました。これをしっかり売り込んだことが後の大きな成功につながりました。

 アルバムには「そうらん節」や「グァンタナメラ」、「ラ・バンバ」といった世界の民謡に代表される曲が収録されており、「フォーク・コーラスをつくろう」という当初目論見通りの、見事なハーモニーのフォーク・コーラスが聴かれます。当時のフォークど真ん中です。

 一方、チャンバラトリオに近いパフォーマンスとしてはライヴ録音「雨を降らせないで」が挙げられます。セレンディピティ・シンガーズのヒット曲のカバーですが、途中に♪夢は夜ひらく♪とか♪俺はまってるぜ♪など当時の歌謡曲がはさまれて笑いを誘います。

 しかし、何といっても最大の話題は「帰って来たヨッパライ」です。テープを逆回転させたり、回転数を変えて歌声を高くしたりと、ビートルズの「リボルバー」に影響された実験的な楽曲です。これが深夜ラジオでかかったことで広まり、爆発的な人気を得たのでした。

 加藤はフォーク・グループを作ったわけですが、実は作った頃にはフォークには飽きてきており、クリームやレッド・ツェッペリン、「リボルバー」以降のビートルズなどばかり聴いていたそうです。コミック・ソングのような「ヨッパライ」もそう考えるとまた一味違います。

 もう一つ、フォークルにとって重要な曲は後に騒動となる「イムジン河」です。作詞を担当していた松山猛が朝鮮学校の生徒から教えてもらったという楽曲を加藤が採譜し、松山が詞を補って出来た曲です。ここでは朝鮮語詞も加えた美しいコーラスが聴かれます。

 多くはそれまでに録っていた放送用のライヴ録音が使われており、「帰って来たヨッパライ」と「イムジン河」くらいが新しく録音した曲だそうです。全体にいかにも自主制作然とした作品です。その分、当時のフォークルの素の姿が捉えられていて、文句なく楽しい作品です。

Harenchi / The Folk Crusaders (1967 自主制作)

参照:「エゴ 加藤和彦、加藤和彦を語る」牧村憲一監修(スペース・シャワー・ブックス)



Tracks:
01. そうらん節
02. イムジン河
03. ドリンキン・グァード
04. ディンクの歌
05. グァンタナメラ
06. ラ・バンバ
07. ひょうたん島
08. 帰って来たヨッパライ
09. 女の娘は強い
10. ヨルダン河
11. コキリコの唄
12. 雨を降らせないで

Personnel:
加藤和彦
北山修
平沼義男
芦田雅喜