スクリッティ・ポリッティの「キューピッド&サイケ85」は1980年代のポピュラー音楽を語るうえで極めて重要なアルバムです。それにもかかわらず、結構長らく入手困難な時期が続いていました。今一つ正当な評価が得られていないアルバムではないでしょうか。

 チャート・アクションも英国でこそ5位に入っていますが、米国では50位どまりでした。タイトルに発表年が入っているに相応しい時代を代表するアルバムにしてはこれもあまりに地味な結果です。音楽業界に与えたインパクトは大きいと思うのですがちょっと残念です。

 本作品はスクリッティ・ポリッティのセカンド・アルバムです。デビュー・アルバムから3年が経過しており、メンバーは中心人物のグリーン・ガートサイドを除いてがらりと代わっています。しばしばスクリッティ・ポリッティはグリーンの別名だと思われる所以です。

 ここでグリーンの相棒を務めるのは米国のキーボード奏者デヴィッド・ガムソン、マサカーからマテリアル、さらにはルー・リードとの共演で知られるドラムのフレッド・マーの二人です。パンク/ニュー・ウェイブ・シーンから出てきた人とは思えないメンバー構成です。

 ガムソンはマーと大学で知り合っています。そのマーのアドバイスでデモ・テープをZEに送ったところ、ラフ・トレードにまわされてそこで陽の目を見たのだそうです。グリーンも当時はラフ・トレードに所属しており、ここでこのトリオが結成されたというわけです。

 本作品は当初シックのナイル・ロジャースのプロデュースで制作が始まりましたけれども、ラフ・トレードと訣別してしまい、これはお蔵入りとなります。ヴァージンと新たな契約を得て制作が再開された際には基本的にはセルフ・プロデュース作品となりました。

 ただし、グリーンのデモを聴いて感銘を受けた「サタデイ・ナイト・フィーヴァー」のプロデューサー、アリフ・マーディンが半分くらいプロデュースしています。最初の先行シングルはマーディンがプロデュースした「ウッド・ビーズ(アレサ・フランクリンに捧ぐ)」でした。

 アルバムが発表されたのはその1年3か月後のことで、その間、「アブソルート」、「ヒプノタイズ」、「ザ・ワード・ガール」が次々にシングルとして発表されています。いずれもそこそこヒットしており、アルバムを聴いた時にはもはやベスト盤を聴いている気分になったものです。

 アルバムにはマイケル・ジャクソンの「スリラー」への参加で知られるポール・ジャクソン・ジュニアやアヴェレイジ・ホワイト・バンドのスティーヴ・フェローンなどが参加していることからも分かる通り、ソウルのフィーリングにあふれる作品になっています。

 きわめて硬質なシンセ・サウンドで構築されたポップな演奏が、ソウル・ミュージックと融合したそのサウンドは1980年代を代表するものです。同時期のトレヴァー・ホーンのZTTサウンドの完成形とでもいえるかもしれません。賛同する人は少ないかもしれませんが。

 グリーンは再発盤に添えられた解説の中で、デリダ、ホワイトヘッド、ウィトゲンシュタインなどの名前を軽やかに出してきています。そんなところも含めて1980年代です。この頃のロックはさまざまな文化を取り込んで時代の先頭を引っ張っていたような気がしたものです。

Cupid & Psyche 85 / Scritti Politti (1985 Virgin)



Tracks:
01. The Word Girl
02. Small Talk
03. Absolute
04. A Little Knowledge
05. Don't Work That Hard
06. Perfect Way
07. Lover To Fall
08. Wood Beez
09. Hypnotize
(bonus)
10. Flesh & Blood
11. Absolute (version)
12. Wood beez (version)
13. Hypnotize (version)

Personnel:
Green : vocal, keyboards, guitar
David Gamson : keyboards
Fred Maher : drums, programming
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Nick Moroch, Allan Murphy, Paul Jackson Jr., Ira Seigel, Robert Quine : guitar
Will Lee, Marcus Miller : bass
David Frank, Robbie Buchanan : keyboards
Steve Ferrone : drums
B.J. Nelson, Fonzi Thornton, Tawatha Agee : chorus
Simon Climie : programming