ソウル界の大巨人サム・クックがマイナー・レーベルからメジャー・レーベルであるRCAに移籍してから初めてのアルバムとなる「クックズ・ツアー」です。この頃までに大きな人気を博していたクックですから、メジャー移籍は業界にとっては大きなニュースでした。

 RCAは10万ドルもの契約金を積んでクックを獲得しました。アトランティックとキャピトルを押さえての契約です。それまでに「ユー・センド・ミー」のナンバーワン・ヒットがあったものの所属していたキーン・レコードは弱小でしたから、クックにとっては大きな飛躍です。

 RCAのプロダクション・チーム、ヒューゴ&ルイジはクックを国際的なアルバム・アーティストにすることを目論みました。その第一歩となるのが本作品です。R&Bごりごりのアルバムかと思いきや、国際的なアーティストですからその眼差しは世界に向けられました。

 本作品は世界中を旅してまわる「冒険旅行記」がコンセプトです。そのコンセプトは選曲にはっきりと表れており、南アメリカ、ヨーロッパ、太平洋にちなんだ楽曲が選ばれています。なんと日本にもやってきてくれます。サンフランシスコ平和条約からわずか5年後のことです。

 選ばれている曲は、ロジャーズ=ハマースタインのミュージカル「南太平洋」から「バリ・ハイ」、フランス映画「巴里の空の下セーヌは流れる」の挿入歌でもある「パリの空の下」、細野晴臣も「秦安紀行」でカバーした「ジャパニーズ・フェアウェル・ソング」。

 米国でも西部劇の歌「サウス・オブ・ボーダー」、ブラジルには死ぬほどたくさんコーヒーがあると副題がついている「コーヒー・ソング」、「さよならローマ」に「ロンドンの夜」、「ジャマイカ・フェアウェル」、ハワイの「スウィート・レイラニ」などなど。

 いずれもそれぞれの地域にちなんだ有名な歌ばかりが並べられています。後のワールド・ミュージックとは異なり、必ずしも現地の音楽というわけではありません。ヨーロッパの曲はともかく、アジア・太平洋の曲は欧米から見たエキゾチック歌謡です。

 本作品が発表されたのは1960年のことです。この頃、このような企画はさほど珍しいことではなかったとは思いますが、それを黒人のサム・クックが歌ったことは驚きだったでしょう。クックの歌唱はソウル、R&Bそのものですけれども、演奏にはR&Bらしさはありません。

 演奏しているのはオーケストラで、アレンジはミュージカルを得意とするグレン・オッサーが担当しています。クックは当時としては珍しく白人にも聴かれるアーティストでした。またそうでなければ大ヒットをとばすことなどできない市場構造です。

 まだ1950年代は続いているようで、品行方正なミュージカル中心のポピュラー音楽界です。クックはその流れの中に逆らうことなく、伸びやかな歌声を聴かせてくれます。こんなことをいうのはおこがましいですが、とにかく歌が上手いです。開いた口がふさがりません。

 公民権運動にもかかわっていくクックですけれども、歌にはやはり人種の壁などありません。フランク・シナトラやビング・クロスビーを起用してもよさそうな企画であっても、クックの圧倒的な歌唱はゆるぎません。曲が曲だけにクックの歌唱力が際立っています。

Cooke's Tour / Sam Cooke (1960 RCA)



Tracks:
01. Far Away Places
02. Under Paris Skies パリの空の下
03. South Of The Border (Down Mexico Way)
04. Bali Ha'i
05. The Coffee Song (They've Got An Awful Lot Of Coffee In Brazil)
06. Arrivederci, Roma (Goodbye To Rome)
07. London By Night
08. Jamaica Farewell
09. Galway Bay
10. Sweet Leilani
11. The Japanese Farewell Song
12. The House I Live In

Personnel:
Sam Cooke : vocal
***
Al Hanlon, Charles Macey, Clifton White, Al Chernet : guitar
Lloyd Trotman, George Duvivier : bass
Bunny Shawker : drums
George Gabor : percussion
Hank Jones : piano
Joe Small, Jerome Weiner : flute
Hinda Barnett, Arcadie Berkenholz, James Bloom, Fred Buldrini, Harold Colletta, Anthony DiGirolamo, Arnold Eidus, Felix Giglio, Morris Lefkowitz, Felix Orlewitz, Frank Siegfried, Ralph Silverman, Harry Urbont, Paul Winter, Ben Miller, David Nadien, Ralph Silverman : violin
Isadore Zir, David Mankovitz : viola
Ray Schweitzer : cello
Abe Rosen : harp