タルヴィン・シンがデビュー作「OK」で英国を代表する音楽賞のマーキュリー賞を受賞したのは1999年のことでした。それから2年を経て発表したのが本作品「HA」です。ジャケットはいくつか種類がありますが、顔半分の本作品はインドで発売されたものです。

 前作以降、シンはデヴィッド・シルヴィアンと共演したり、マドンナのアルバムに参加したりと英米の音楽界で大活躍を続けていました。そこに登場した2作目ですから周囲の期待も大きかったでしょうが、本作品は高い評価を得るには至りませんでした。

 その理由は明らかでしょう。前作にはビル・ラズウェルやジョン・クライン、坂本龍一にガイ・シグウォースなどなど英国や米国で活躍するアーティストが数多く参加していたのに対し、本作品はシンのルーツでもあるインド音楽にフォーカスした内容になっているからです。

 インド音楽はエスニックとされてしまうことも多いですけれども、芸術音楽から民族音楽、大衆音楽と幅広く取り揃えており、ヨーロッパ音楽とは別体系の音宇宙です。同様の世界がアラブなどにもあるはずですから、世界の音楽は奥が深いわけです。

 インド音楽寄りになってしまうと別世界に住んでいるヨーロッパの方々にはなかなか評価されない傾向があります。受容する回路ができていないのでしょう。本作品などは力作だと思うのですが、音楽賞を受賞するような評価には至りません。まあ関係ないですが。

 本作品でシンとタッグを組むのはブラッド・ソマティック、ブロークン・ビートなどを得意とする英国のクラブ系プロデューサーで、4ヒーローなどとも仕事をしています。彼女は全曲にキーボードとプログラミングで参加しており、まさにシンの右腕となっています。

 ソマティックはドイツ系のようですが、彼女以外の参加者はほとんどがインド・オリジンのアーティストです。その代表は名人に相当するウスタッドの称号をもつサーランギの名手スルタン・カーンです。カーンはこの時すでに60歳を越えていました。まさに大御所。

 加えてインド古典音楽界からは、まだ若いですが、フルートにラケーシュ・チョウラシア、マンドリンにUスリニヴァースが参加していますし、シンと同じエイジアン・アンダーグラウンド界隈からはカーシュ・カーレイなども顔を見せています。

 そしてインド音楽を最も特徴づけるボーカルには数多くのアーティストが参加しており、その中には映画のプレイバック・シンガーも担当するマハラクシュミ・アイヤーの名前も見えます。米国の俳優アジェイ・ナイドゥの語りも加え、まさにインドづくしです。

 アルバムはロンドン、カルカッタ、ムンバイ、チェンナイで録音されており、インドの古典音楽、映画音楽、民族音楽をふんだんに取り入れたクラブ・ミュージックになっています。ビートはドラムン・ベース的で、まさにこの時代のビートでしょう。

 「ダブラ」なんていう曲もあります。ダブとタブラを合わせた言葉でしょう。インドの音楽をダブの手法で再構成した音楽ともいえるシンの音楽を言い表すいい言葉です。エイジアン・アンダーグラウンドと呼ばれるに相応しいかっこいいアルバムです。

HA / Talvin Singh (2001 Island)



Tracks:
01. One
02. Mustard Fields
03. The Beat Goes On
04. Uphold
05. Sway Of The Verses
06. Dubla
07. It's Not Over
08. Abalonia
09. See Breeze
10. Silver Flowers

Personnel:
Talvin Singh : tabla, dholak, duff, programming, keyboards
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Brad Somatik : keyboards, programming, vocoder
Ustad Sultan Khan : vocal, sarengi
Rakesh Chaurasia : flutes
Liam O'Maonla, Swati Natekar, Cleveland Watkiss, Samar Estaphane, Ram Shankar, Bhairavi, Liam O'Maonlai, Swati Natekar, Mahalakshmi M. Iyer : vocal
Karsh Kale : drums
Ajay Naidu : spoken word
Deepak Borkar : percussion, Indian harp, Madal
Steve D'Caro : guitar
Rajendra Singh : swarleen
Roni Barrak : Egyptian percussion
Sarah Button, Ingrid Button : violin
Sophie Sarota : viola
Laura Fairhurst : cello
U. Srinivas : mandolin
Madras String Massive : strings