グレイトフル・デッドの11作目のアルバムは「フロム・ザ・マーズ・ホテル」と名付けられました。マーズ・ホテルはデッドが本作品を制作したスタジオの近くに実在するホテルです。彼らの映画の中では解体される姿が写っていますが、まあそういうホテルです。

 本作品はファンの間では別名「アグリー・ルーマー」として知られています。ジャケットを上下さかさまにして鏡に映すとタイトル下の解読不能の文字がそう読めることからこの名前が付きました。ホテルの「醜い住人」としたいところでしたが、あまりに失礼なのでやめたそうです。

 この頃のデッドは必ずしも順風満帆ではありませんでした。巨額の制作費をかけた「ウォール・オブ・サウンド」がいよいよ凶暴な本性を発揮していました。巨大なスピーカーの壁はお金もさることながら、とにかく設置に時間と手間がかかります。ツアーに同行するわけですから。

 それまでファミリーとして強いきずなで結びついていたスタッフたちの間にも不協和音が生じてきます。バンドやクルーの面々はますますドラッグにのめり込むようになり、徐々にばらばらになっていきます。結局、彼らはしばらくライヴを止めることになっていきます。

 本作品はそんな時期に制作されています。前作から8か月と短いインターバルで発表されたのは経済的な苦境を打破しようという意味もありました。一曲目の「USブルース」をシングル・カットしたのもその流れです。ラジオ・フレンドリーな曲でもありました。

 アルバムには全部で8曲が収録されています。いずれも4分から6分くらいのデッドにしてみれば短い曲ばかりです。どの曲もかっちりとまとまっていて、しっかりしたアルバムですけれども、世間の受けは今一つで、前作ほどは売れませんでした。

 しかし、小品集ともいえる本作品に収録された曲の数々は大変充実しています。まずは、「ボックス・オブ・レイン」と並ぶフィル・レッシュの大傑作「アンブロークン・チェイン」がいいです。西海岸らしい曲で、レッシュの滋味あふれるボーカルが素晴らしいです。

 この頃、レッシュはネッド・ラギンとともにシンセの冒険に取り組んでいました。そのラギンがこの曲に参加しており、宇宙から飛んでくるようなサウンドを付け加えています。ただし、とても控えめで、ダナ・ゴッドショウのコーラスの方が目立っています。

 ジェリー・ガルシアの曲も、コンサートの定番となる「チャイナ・ドール」に「スカーレット・ベゴニア」、そして「シップ・オブ・フールズ」と名曲ぞろいです。前作のようなジャズっぽい雰囲気は薄れて、いい感じに落ち着いた曲調になっています。

 ボブ・ウィアは「マネー・マネー」を提供しています。この曲はかの名曲「マネー」にそっくりです。さすがにやり過ぎと非難されたようですけれども、ウィアらしい元気な曲でアルバムの大変よいアクセントになっています。やはりこのバンドはバランスが良いです。

 普通のロック・アルバムを作ろうとしたのではないか、と疑われたアルバムです。確かにその気配はありますけれども、スタジオ作品はライヴの種となる曲を披露する場ですから、それでも全然問題ありません。どうせライヴでは曲が生まれ変わるわけですから。

From The Mars Hotel / Grateful Dead (1974 Grateful Dead)

*2011年12月1日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. U.S. Blues
02. China Doll
03. Unbroken Chain
04. Loose Lucy
05. Scarlet Begonias
06. Pride Of Cucamonga
07. Money Money
08. Ship Of Fools
(bonus)
09. Loose Lucy (studio outtake)
10. Scarlet Begonias (live)
11. Money Money (live)
12. Wave That Flag (live)
13. Let It Rock (live)
14. Pride Of Cucamonga
15. Unbroken Chain (studio acoustic demo)

Personnel:
Jerry Garcia : guitar, vocal
Bob Weir : guitar, vocal
Phil Lesh : bass, vocal
Keith Godchaux : keyboads
Donna Godchaux : vocal
Bill Kreutzmann drums
***
Ned Lagin : synthesizer
John McFee : pedal steel