ニューヨークには太いアンダーグラウンド音楽シーンが常に存在します。パンクという言葉とともにそこに脚光が当たったのは1970年代半ばのことです。パティ・スミスはそんなシーンの中からパンクの女王として日本に紹介されました。衝撃的でした。

 ただし、その後のロンドンでのパンクの盛り上がり以降、パンクという音楽ジャンルで想定されるサウンドとスミスの音楽はかなり異なっています。パンクとは何かという問いはひとまず置いておいて、ここは歴史的事実として指摘するにとどめておきたいと思います。

 さて、本作品は今やロックの殿堂入りを果たしたパティ・スミスのデビュー・アルバム「牝馬」です。プロデュースにはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケールが当たっています。スミスはオールマンズで有名なトム・ダウドを希望していたといいますから面白いです。

 スミスは1960年代の終わりにニューヨークに出てきてから、主に詩人として活動していました。やがて、伝説のガレージ・ロック・コンピレーション「ナゲッツ」を監修したレニー・ケイと出会うと、ケイの音楽をバックに詩を朗読するようになりました。

 その後、キーボードのリチャード・ソール、ドラムのジェイ・ディ・ドゥーティー、ベースのアイヴァン・クラールを加えた5人組となって、本格的なバンド活動を始めました。評判は徐々に高まり、友人だったルー・リードの推薦もあってアリスタ・レコードと契約を結びます。

 そうして1975年に発表されたのが本作品です。バンドのサウンドはガレージ・ロック的なシンプルなロックで、スミスのボーカルを盛り立てていきます。主役はあくまでスミスです。また、本作品にはポエトリー・リーディングの要素が色濃く残っており、そこが最大の魅力です。

 とりわけアルバムの白眉ともいえる「バードランド」はスミスがかなりの部分を即興で作った詩を朗読するに近いです。今ならばラッパーになるところですが、リズムよりもメロディー重視なところが異なります。この曲では詩の朗読が自然に歌に移行する瞬間が味わえます。

 話題になったのは冒頭の「グローリア」です。この曲はヴァン・モリソンのクラシックですが、スミスの歌唱はパンクのクラシックとしての地位を獲得しています。ボートラではザ・フーの「マイ・ジェネレーション」も披露しており、パンクの原点回帰を感じさせます。

 また、本作品に収録されている「ブレイク・イット・アップ」はテレヴィジョンのトム・ヴァーレインとの共作でヴァーレインらしいギターも聴かれます。さらに「エレジー」ではブルー・オイスター・カルトのアラン・レイニアがヴァーレインの役割を果たしています。

 鮮烈な印象を残すジャケットのスミスのポートレイトは著名になる写真家ロバート・メイプルソープが撮影しています。このあたりの名前を並べているとニューヨークのアンダーグラウンド・シーンの豊かな人脈が浮かび上がってきます。スミスはその焦点にいた人です。

 ステージでは全裸になるなど激しいパフォーマンスを繰り広げていたそうですが、サウンドはあくまでシンプル。その代わりに詩を前面に押し出した作品は時代の波を超えて、今や押しも押されもせぬ名盤の仲間入りを果たしています。時とともに輝きを増したアルバムです。

Horses / Patti Smith (1975 Arista)

*2013年12月9日の記事を書き直しました。



Tracks:
01. Gloria
02. Redondo Beach
03. Birdland
04. Free Money
05. Kimberly
06. Break It Up
07. Land
08. Elegie
(bonus)
09. My Generation

Personnel:
Patti Smith : vocal
Jay Dee Daugherty : drums
Lenny Kaye : guitar
Ivan Kral : bass, guitar
Richard Sohl : piano
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Allen Lanier : guitar
Tom Verlaine : guitar