音楽には予め作曲された曲を演奏する手法と何も決めずに即興で演奏する手法がある、ということは当たり前のような気がするのですが、いざ突き詰めて考えてみるとそう簡単なことではありません。そこには手法の違いを超えた哲学的な問題もありそうです。

 アーノルド・シェーンベルクは作曲をペースの遅い即興だと言っていますし、ジャズでは即興は即時の作曲だと言われます。本作品の制作者ロスコー・ミッチェルは作曲と即興は常に「コインの裏表」であると表現しています。何やら深遠な事情がありそうです。

 本作品はミュンヘン市の文化局とヨーロッパを代表する名門大学であるミュンヘン大学の音楽学科が主催した即興演奏にかかわるシンポジウムで録音されました。題して「コンポジション/インプロビゼーションNo1,2,3」です。そのまんまですね。

 ミュンヘン市がシンポジウムの開催をECMのマンフレッド・アイヒャーに相談した結果、ロスコー・ミッチェルとエヴァン・パーカーの二人の参加が決まったということです。二人はさっそく電話で話し、14人からなるトランスアトランティック・アート・アンサンブルを結成します。

 そうして2004年9月に1週間にわたってシンポジウムが開催されました。その一環として、9月10日にはパーカーを中心とする演奏が行われ、11日に本作品となるミッチェルが指揮するアンサンブルの演奏が行われました。なお、パーカーのセットも別のアルバムになります。

 アンサンブルにはミッチェルとパーカーが選んだミュージシャンが同居しています。ミッチェルはノート・ファクトリーのメンバーであるクレイグ・タボーン・トリオの三人に加え、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのメンバー、コリー・ウィルクスを同道しています。

 肝心の演奏について、ミッチェルはこのシンポジウムのために作曲と即興の3つの手法を考え出しました。一つは予め即興演奏をスコア化した6枚のカードを使う方法、二つ目は限られた音だけを使う即興、三つめは作られた曲からの情報を使って即興演奏する手法です。

 正直に申し上げて、実際にどのような指示がなされているのか皆目見当がつきませんし、演奏を聴いてもどれがどうなのかはよく分かりません。どうやら第一の手法は「IV」と「VIII」、第三の手法が{III」でそれ以外は第二の方法らしいですが。

 作品は9つのシーンに分かれており、それぞれにローマ数字で番号が振られています。必ずしも演奏順になっているわけでもなく、ミッチェルの考えを最大限に生かすようなシーンが選ばれています。したがって、各シーンの参加ミュージシャンも異なっています。

 アンサンブルには管楽器も弦楽器も打楽器も含まれており、バイオリンやチェロを中心とするクラシカルな演奏から、ダブル・ドラムスが活躍するフリー・ジャズそのものの演奏まで多彩です。しかし、どちらかといえば、ミッチェルの現代音楽寄りの姿が目立ちます。

 学術的なシンポジウムでは即興と作曲について突っ込んだ議論が行われたことでしょう。さすがにこの演奏だけを聴いてそれを悟ることは難しく、私はそうそうに諦めてしまいました。そして、14人のアンサンブルの演奏を虚心坦懐に楽しむことにしました。クールな演奏です。

Composition / Improvisation No.1,2&3 / Roscoe Mitchell and the Transatlantic Art Ensemble (2007 ECM)

ネット上では音源が見当たりません。悪しからず。

Tracks:
01. I
02. II
03. III
04. IV
05. V
06. VI
07. VII
08. VIII
09. IX

Personnel:
Roscoe Mitchell : soprano sax
***
Evan Parker : tenor sax, soprano sax
Anders Svance : alto sax, baritone sax
John Rangecroft : clarinet
Neil Metcalfe : flute
Corey Wilkes : trumpet, flugelhorn
Nils Bultmann : viola
Philipp Wachsmann : violin
Marcio Mattos : cello
Craig Taborn : piano
Jaribu Shahid : bass
Barry Guy : bass
Tani Tabbal : drums, percussion
Paul Lytton : drums, percussion