Tレックスの「電気の武者」に続く大ヒット作「ザ・スライダー」です。この作品は私にとっては初めて聴いた洋楽アルバムです。私よりも一足先に洋楽に目覚めた友人がジョン・レノンの「イマジン」とこの作品を聴かせてくれたのが私の洋楽初体験でした。

 「イマジン」は素直に感動しましたけれども、Tレックスの方は当時の私の理解の埒外にあり、強烈に変だと思ったことを覚えています。すぐにレコードを買いに走っておれば末代まで自慢できるのですが、残念ならが消化するには時間がかかってしまいました。

 Tレックスの作品の中で英国で最も売れたのは前作「電気の武者」です。ただし、英国での盛り上がりはやや遅れて渡来したため、「テレグラム・サム」と「メタル・グルー」の二大ヒット曲を含む「ザ・スライダー」の方が人気がありました。ちょうどレーベルも変わりましたし。

 本作品は英国では1位の座を逃しはしたものの、あいかわらず大いに売れました。マーク・ボランに熱狂するファンが激増して、Tレクスタシーという造語まで誕生しました。同時期にデヴィッド・ボウイもブレイクしており、グラム・ロックは社会現象になったのでした。

 Tレックスのメンバーは前作と変わりません。今回は四人ともしっかりバンドとしてクレジットされています。ゲストはフロー&エディーのタートル二人組のみです。サウンドも前作の延長線上にあり、Tレックスのサウンドはここに絶頂を迎えたのでした。

 先行シングル「テレグラム・サム」と「メタル・グルー」はいずれも全英1位を獲得しており、Tレックスを代表する不滅の名曲となりました。とぼけたようなリフにフロー&エディーのコーラスと定石通りストリングスも絡む、心躍る見事な曲です。

 ティーンエイジャー向けのバブルガム・ポップといえなくもないのに深い。とぼけたようなリフで、誰も聴いたことがない変な曲なのに耳について離れない。発表から半世紀を経てもなお新鮮に響きます。これを名曲といわずして何を名曲というのでしょうか。

 この2曲はボラン・ブギーなどとよばれるTレックス独特のスタイルです。しかし、アルバムはそれだけではありません。レッド・ツェッペリンを意識した「ビューイック・マッケイン」や「チャリオット・チューグル」などのギターをかき鳴らすハード・ロックもあります。

 そして「スペースボール・リコシェ」や「ザ・スライダー」などティラノ時代を彷彿させるスローな曲が輝きます。妖精やエルフの世界の住人だったボランが汚辱にまみれる俗世に降りてきて、傷つきながらも一生懸命に生きている。そんな透明な物悲しさがキラキラしています。

 ザ・スミスのジョニー・マーは「メタル・グルー」が人生を変えたと言っています。ロック・マガジンの阿木譲編集長は「このアルバムは僕の一生のうちで最も大切な一つだ」として「悩み続けている僕の背中を押し、生きるための勢いをつけてくれた」と語っています。

 このアルバムにはこうした逸話がよく似合います。普通のロック・アルバムとしては捉えきれない何かが確実に存在します。神がかったというと語弊がありますけれども、多くの人にとって凡百の音楽や美術、文学を凌駕する特別な存在です。

The Slider / T. Rex (1972 T.Rex Wax)

*2011年10月2日の記事を書き直しました。

参照:「ロック・エンド」阿木譲(工作舎)



Tracks:
01. Metal Guru
02. Mystic Lady
03. Rock On
04. The Slider
05. Baby Boomerang
06. Spaceball Ricochet
07. Buick Mackane
08. Telegram Sam
09. Rabbit Fighter
10. Baby Strange
11. Ballrooms Of Mars
12. Chariot Choogle
13. Main Man

Personnel:
Marc Bolan : vocal, guitar
Mickey Finn : hand percussion, congas, vocal
Steve Currie : bass
Bill Legend : drums
***
Howard Kaylan, Marc Volman : chorus