奥田民生によるユニコーン解散後初のソロ・アルバムが本作品「29」です。奥田29歳の作品なので、タイトルは「29」。この手法は13年後にアデルが採用します。さすがは奥田民生、考え抜いてつけたタイトルだけのことはあります。何よりも分かりやすい。

 奥田はユニコーン解散後、半年間の休養をとった後にようやく音楽活動を再開し、まずは本作品にも収録されることになるシングル「愛のために」を発表します。おっさんにやさしい元気な曲で、奥田人気は相変わらず、チャート2位に上るヒットになりました。

 この曲はユニコーンのリーダーだった川西幸一が結成したバンド、ヴァニラがバッキングを務めています。テレビにもバック・バンドとして出演したそうです。それもあるのか、ユニコーン時代を彷彿させる楽曲です。実にカラオケ映えするいい曲です。

 「愛のために」は単発プロジェクトっぽい位置づけで、アルバム作りは「ハヴァ・ナイス・デー」以来のつきあいである、ニューヨークのレコーディング・エンジニア、ジョー・ブレイニーからニューヨークでのレコーディングの話が持ち掛けられてから本格的に始まります。

 ニューヨーク録音の楽曲はアルバム全体の半分となる6曲を占めています。このメンバーが凄いです。まずはスティーヴ・ジョーダン、チャーリー・ドレイトン、ワディ・ワクテルの3人。キース・リチャーズのXペンシヴ・ワイノズでお馴染みの有名セッション・ミュージシャンです。

 ここに説明不要のPファンク、バーニー・ウォーレルが加わるという最強の布陣です。このニューヨーク組の演奏がとにかく大きいて広い。アメリカン・ロックの底力を堪能させてくれます。シングル・カットされた「息子」を初めて聴いた時にはびっくりしたものです。

 「息子」はアコギの演奏で始まるのですが、何よりも中盤から出てくるワクテルのスライド・ギターのソロに耳を奪われます。この曲もカラオケ映えする名曲で、私も何度も歌ったものです。とにかく空間の広がりを感じるおおらかな演奏が素晴らしいです。

 ニューヨーク録音の曲は、王道のけれんみのない曲ばかりです。外国人相手に説明するのが面倒だという事情もあって、彼らにかなりの部分を任せた結果、奥田のルーツに立ち返ったということなのかもしれません。いい判断だと思います。

 これに対し、日本で制作された楽曲はあの手この手をつくしてバラエティに富んだ作風になっています。ユニコーン時代のように意表をついたアレンジも登場します。「女になりたい」での奥田のボーカルなど、そういわれて聴いても本人だとは分かりません。

 本人の発言を追っていると、まだ29歳らしく、世間への反抗心もあらわです。奥田の場合、その発露が面白の方向にいくところが楽しいです。斜に構えているというわけでもなく、どこまでも自然体で世間に対峙すると可笑しいという稀有な存在です。

 四六時中音楽のことばかり考えていそうなザ・ミュージシャン、奥田民生のソロ・デビュー作は「愛のために」と「息子」という二大ヒットを生み、アルバム自体も2位まで上がる大ヒットになりました。いつ聴いてもほっとさせてくれる名盤であろうかと思います。

29 / Tamio Okuda (1995 Sony)



Tracks:
01. 674
02. ルート2
03. ハネムーン
04. 息子(アルバム・バージョン)
05. これは歌だ
06. 女になりたい
07. 愛する人よ
08. 30才
09. BEEF
10. 愛のために
11. 人間
12. 奥田民生愛のテーマ

Personnel:
奥田民生 : vocal, guitar, percussio, sound effect, bass, synthesizer
***
Steve Jordan : drums, percussion, chorus
Charly Drayton : bass, percussion, chorus
Waddy Wachtel : guitar
Bernie Worrell : clavinet, synthesizer, hammond BIII, mellotron, piano
Crispin Cioe : flute, sax
Ken Fradley : fluhgel horn, trumpet
Joe Blaney : sound effect
河合マイケル : drums, bongos, percussion
山中真一 : bass
藤井理央 : Fender Rhodes, synthesizer, hammond BIII
鈴木銀二郎 : taikomiti talk, poetry reading
鈴木祐子 : poetry reading
川西幸一 : drums
坂巻晋 : bass
野山昭雄 : guitar
笹本希絵 : percussion