当時のデヴィッド・シルヴィアンのパートナー、フジイ・ユカさんがデザインしたジャケットは相変わらずアートの匂いが漂っています。水彩画をベースにしたコラージュのような作品にはわびさびを感じます。どことなく日本的な感性を感じるんです。

 前作発表後ツアーに出たデヴィッド・シルヴィアンでしたが、鬱状態にさいなまれ、ロンドンの自宅に引きこもってしまいます。5か月間ほどそうして過ごしたのち、ようやく作品を制作しようと一念発起してドイツに向かい、ホルガー・シューカイとのコラボに臨みました。

 人間は一人では生きていけません。行き詰った時にはやはり他人と交わることが一番です。シューカイおじさんもシルヴィアンを暖かく受け入れ、誕生したのがこの作品です。こうしてその時々の記録が残るのも音楽家ならではのことです。

 前回のコラボ作品は、全く事前準備がなく、いわば偶然の産物でしたが、今回は最初から作品を作ることが目指されています。それが証拠に、結果的にはインストゥルメンタル作品にまとまりましたが、当初は歌詞も付けられていたそうです。

 収録の全二曲のうち最初にできたのは2曲目の「ミュータビリティー」の方です。こちらの楽曲には、演奏者としてのシューカイのクレジットはなく、シルヴィアンのギターとキーボード、シューカイのカン仲間ヤキ・リーベツァイトのアフリカン・フルートのみで奏でられています。

 最初のテイクを録った後、キーボードを2回、ギターを4回重ねただけで、わずか1日でできてしまったということです。この曲は、ブライアン・イーノの「ディスクリート・ミュージック」のような曲で、シルヴィアンの「遙かなる大地」のインスト編の延長にあります。

 純粋な即興作品だと本人は語っており、くっきりしたメロディーもリズムもないアンビエントを絵に描いたようなトラックで、シルヴィアンの真骨頂が表われています。彼の独壇場とも言える楽曲になっているんです。細かい襞がついたドローンが素敵です。

 一方の「フラックス」はシルヴィアンも認める通り、シューカイの色が濃厚です。ヤキ・リーベツァイトの繰り出すリズムが背骨となって、シューカイのトレードマークとも言えるラジオの音は入りますし、同じカン仲間ミヒャエル・カローリのギターが響きます。

 ゆったりとした展開はカン的ではありませんが、シューカイの一連のソロ作品と相通じるものがあります。ただ、ユーモラスな彼の作品に比べると、シルヴィアンドが入っているだけに、シリアスな感覚が深まっているのが面白いです。これぞデュオです。

 このトラックでフリューゲル・ホーンを吹いているのは現代音楽の巨匠にして、シューカイの師匠カール・ハインツ・シュトックハウゼンの息子マーカス・シュトックハウゼンです。巨匠二世によるこのホーンもいいアクセントになっています。

 2曲それぞれの持ち味は大きく違いますが、いずれも前回のコラボに比べると曲としての構成が分かりやすいので、聴きやすいです。二人の音に対する真摯な態度を音の隙間から窺い知ることができるすっきりした作品です。ひとまずリハビリなる、ということでしょう。 

Flux + Mutability / David Sylvian/Holger Czukay (1989 Venture)

*2015年8月27日の記事を書き直しました。

参照:"On The Periphery" Christopher Young



Tracks:
01. Flux (A Big, Bright, Colorful World)
02. Mutability ("A New Beginning Is In The Offing")

Personnel:
David Sylvian : guitar, keyboard
Holger Czukay : guitar, bass, radio, dictaphone, voice
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Michael Karoli : guitar
Markus Stockhausen : flugelhorn
Jaki Liebezeit : percussion, African flute
Michi : voice