デヴィッド・シルヴィアンの初期ソロ作品を締めくくる傑作「シークレッツ・オブ・ザ・ビーハイヴ」です。自ら傑作と認める作品ですし、一般的にも初期のキャリアを総括する作品と認識されています。見事なまでに美しい傑作だと私も思います。

 前作の発表後、世界をまわるツアーに出たシルヴィアンは、その中でこのアルバムの着想を得ています。制作に長々と時間をかけるシルヴィアンにしては珍しく、ツアーから戻るとわずか2か月半で一気呵成にアルバムを仕上げてしまいました。

 南フランスのシャトー・ミラヴァルにアーティストを集めてベーシックなトラックを録音すると、ロンドンに戻って坂本龍一とともにオーケストレーションを加え、さらにオランダでボーカルを乗せて、最後にイギリスでスティーヴ・ナイと一緒に最終仕上げを行っています。

 これをわずかな期間に行ったわけですから、その充実ぶりをうかがい知ることができます。しかし、シルヴィアンは本作の制作後には抑うつ状態に陥るといいますから分からないものです。このアルバムは残り火が燃え上がったようなものなのかもしれません。

 シルヴィアンは、本作品について、装飾をできるだけ排し、歌詞にも個人的な感情を交えないようにすることで、曲をシンプルかつベーシックな姿で提示することを心掛けたというようなことを語っています。狙いは過たず、まさに深いけれどもシンプルな曲が並びます。

 ジャパン時代には聴衆に分かりやすいサウンドを提供することでサービスしすぎたという反省に立ち、アーティストと聴衆の間のバリアを破壊したいということです。手取り足取り、丁寧に曲を解説していく態度ではなく、聴衆の頭をフル回転させることが目指されています。

 シルヴィアンは禅に強く惹かれていることからすると、これは一種の公案であるのかもしれません。一方、発表当時を再現した帯には「デヴィッドだけが知っている。神に一番近い場所を」と書かれており、禅とは相性の悪い神が出てきます。やはりカテドラルが似合いますから。

 さらにこの当時のシルヴィアンはECMのジャズに興味を持っていたそうです。本作品にて共演者として素晴らしいギターを披露しているデヴィッド・トーンはECMの看板アーティストの一人ヤン・ガルバレクとのコラボで知られ、ECM的なサウンドスケープに貢献しています。

 共演者はその他にいつものスティーヴ・ジャンセンと坂本龍一、ベースはダニー・トンプソン、ギターにはもう一人フィル・パーマー、ホーンにマーク・アイシャム、パーカッションにダニー・カミングスと少数精鋭で、シルヴィアンは比較的強く演奏を統制したようです。

 隅々まで気が配られたアコースティックでシンプルながらカラフルなサウンドにシルヴィアンのボーカルがぴたりとはまっています。まさに完成形で、どの曲も外せません。2003年に一曲「プロミス」が追加されましたけれども、それすら少し居心地が悪いくらいです。

 驚くことに本作品の中心となるべき曲が別にあったということです。後に発表される「ライド」です。それなのにこの完成度。しばしば後に発表される「ブレミッシュ」とペアで語られるシルヴィアンの音楽を語るうえで最も重要なアルバムの一つです。ネガティヴなのにポジティヴ。

Secrets of the Beehive / David Sylvian (1987 Virgin)

*2015年8月16日の記事を書き直しました。

参照:"On The Periphery" Christopher Young



Tracks:
01. September
02. The Boy With The Gun 銃を持った少年
03. Maria
04. Orpheus
05. The Devil's Own
06. When Poets Dreamed Of Angels 詩人が天使を夢見る時
07. Mother And Child 母と子
08. Let The Happiness In
09. Waterfront
10. Promise (The Cult Of Eurydice)

Personnel:
David Sylvian : guitar, piano, organ, syntesizer, tapes
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Danny Cummings : percussion
Steve Jansen : drums, percussion
Danny Thompson : double bass
Phil Palmer : guitar
David Torn : guitar
Mark Isham : trumpet, flugelhorn
坂本龍一 : piano, organ, synthesizer