何と美しい演奏でしょう。1995年から1996年にかけてデジタル録音されたピアノのサウンドは本当に美しい。レコード・アカデミー賞を受賞したことも納得のサウンドです。マリア・ジョアン・ピレシュの「ショパン:夜想曲全集」、2枚組CDです。

 ピレシュはポルトガル出身のピアニストで、本作品を録音した時にはすでに50歳を超えています。もちろん若い頃からポルトガルやドイツで活躍している人ですけれども、一時期、手首の故障によって演奏活動から遠ざかっていた時期があったそうです。

 世界的なピアニストとして大活躍するのはむしろその後のことだといいますから凄いです。本作品を発表したドイツ・グラモフォンの専属になるのは1989年からで、さっそく翌年にはモーツァルトのピアノソナタ集で国際ディスク・グランプリ大賞を受賞しています。

 しかし、彼女が1990年代にドイツ・グラモフォンに残したアルバムのうち、モーツァルトを抑えて最も人気があるのが本作品だということです。ショパンというとショパン・コンクールもあるように得意とするピアニストが多い中でこれは大変なことでしょう。

 収録しているのはフレデリック・ショパンの夜想曲全21曲です。それを第1番から順番に演奏しています。最後の第20番と第21番はショパンの遺作とされていて、作品番号が付けられていません。ショパンの夜想曲のみ、しかも正しい順番。潔いです。

 夜想曲、ノクターンはアイルランドの作曲家、ジョン・フィールドが初めて使った名称だそうですが、圧倒的に有名なのはこのショパンの夜想曲です。特別の形式があるわけではなく、夜に聴くことが適当な小品ということです。インド音楽でいえば夜のラーガです。

 すべてピアノの独奏による楽曲でいずれも5分前後とちょうどよい長さです。第19番が一番古くてショパンが17歳の時の曲、最後は第17番で36歳の頃と亡くなる3年前に発表された曲です。要するにショパンは音楽人生を通じて夜想曲を作り続けてきました。

 どの曲も美しいメロディーをもった曲ばかりで、ショパンの曲の中でも人気が高いであろうことは容易に想像がつきます。とりわけ第2番は有名で、ショパンのノクターンといえばこの曲というばかりではなく、ショパンと聞いて真っ先に浮かぶ人も多いと思います。

 そんな大人気の楽曲とはいえ、シンプルなピアノの小品だけをCDにして2枚組のボリュームで発表するのはなかなかのチャレンジです。しかし、いろいろと工夫をこらしてアルバムを作り上げるよりも、こうしたシンプルさがショパンのピアノ曲には似合います。

 しかもピレシュはそれにうってつけのピアニストです。円熟期にさしかかったピレシュの演奏はとにかく美しいです。凛としているという感想が多いのも肯けます。変に技巧をこらしたり、感情過多になることもなく、しゅっとして美しい。そして柔らかい。

 ジャケットは「スリーピー・ホロウ」を思わせる背景にクラシックのジャケ写で有名なクリスチャン・スタイナーの撮影したピレシュのポートレート。今日は一日、ジャケットを眺めながらアルバムを聴いていました。何と幸せな時間が流れたことでしょう。感動しました。

Chopin : The Nocturnes / Maria João Pires (1996 Deutsche Grammophon)



Tracks:
(disc one)
ショパン
01. 夜想曲第1番変ロ短調 op.9-1
02. 夜想曲第2番変ホ長調 op.9-2
03. 夜想曲第3番ロ長調 op.9-3
04. 夜想曲第4番ヘ長調 op.15-1
05. 夜想曲第5番嬰ヘ長調 op.15-2
06. 夜想曲第6番ト短調 op.15-3
07. 夜想曲第7番嬰ハ短調 op.27-1
08. 夜想曲第8番変ニ長調 op.27-2
09. 夜想曲第9番ロ長調 op.32-1
10. 夜想曲第10番変イ長調 op.32-2
(disc two)
ショパン
01. 夜想曲第11番ト短調 op.37-1
02. 夜想曲第12番ト長調 op.37-2
03. 夜想曲第13番ハ短調 op.48-1
04. 夜想曲第14番嬰ヘ短調 op.48-2
05. 夜想曲第15番ヘ短調 op.55-1
06. 夜想曲第16番変ホ長調 op.55-2
07. 夜想曲第17番ロ長調 op.62-1
08. 夜想曲第18番ホ長調 op.62-2
09. 夜想曲第19番ホ短調 op.72-1
10. 夜想曲第20番嬰ヘ短調(遺作)
11. 夜想曲第21番ハ短調(遺作)

Personnel:
Maria João Pires : piano