中森明菜は1986年12月には「DESIRE」で2年連続でレコード大賞を受賞しています。当時はまだレコ大の権威がまだ大きかった頃です。2年連続は細川たかし以来史上二人目ということで年末のお茶の間では大きな話題となったものでした。

 そんな人気絶頂の時期に中森明菜はやりたい放題のアルバムを制作しています。問題作だった「不思議」を発表したかと思うと、そのわずか4か月後に見方によっては「不思議」以上の問題作ともいえるアルバム「クリムゾン」を発表しました。

 「クリムゾン」の最大の特徴は、「DESIRE」のシャウトする唱法とは真逆のウィスパー・ボイスでの歌唱に統一されている点です。最後の「ミック・ジャガーに微笑みを」はやや毛色が異なりますけれども、アルバム全編にムードたっぷりのボーカルが響いています。

 楽曲もこれまでとは異なり、小林明子と竹内まりやという二人の女性シンガー・ソング・ライターに全面的に任せています。二人が5曲ずつを提供するという念の入れようです。編曲も小林の曲は鷺巣詩郎、竹内の曲は椎名和夫が担当して統一性を保っています。

 鷺巣はエヴァンゲリオンの音楽監督などで知られる音楽プロデューサーで、椎名は吉田美奈子との共演やはちみつぱい、ムーンライダースへの参加でも知られています。こういう制作方法だとそれぞれが作家性を発揮してトラックづくりにも熱が入るというものです。

 その結果として、本作品はアイドルによるアルバムというより、いわゆるシティ・ポップのアルバムと観念できるアルバムになっています。中森明菜のウィスパー・ボーカルはまさにそうした音づくりにぴったりとマッチしており、アルバムとしての完成度が高いです。

 ここへきて昭和のJポップ、とりわけシティ・ポップの作品が海外で再評価されるようになってきています。このアルバムなどはまさにそこに当てはまります。実際、その火付け役となった韓国のDJ、ナイト・テンポは本作の「オー・ノー・オー・イエス」をお気に入りにあげています。

 前作も再評価の声が高いと聞きましたが、その点では本作品には敵わないと思います。「クリムゾン」の方が日本っぽい雰囲気ですし、再評価されているシルクのようなシティ・ポップ・サウンドが横溢しています。ゆったりしたテンポのサウンドが胸にしみます。

 前作に引き続いてシングル曲は一曲も収録されていませんけれども、「駅」や「オー・ノー・オー・イエス」は竹内によるセルフ・カバーがシングル化されていますし、シングル・カットすればヒットしたと思われる曲が多いです。もったいない気がしますが、これも戦略でしょう。

 最後の曲「ミック・ジャガーに微笑みを」だけは他の楽曲とムードが異なります。中森の部屋で効果音を録音して、部屋の中でカセットから流れてくる曲という設定にしているのだそうです。これがアルバムとしての作品性を高めており、アルバムを聴け!という姿勢を感じます。

 アルバムは当然のように1位を記録し、翌年の年間チャートでも3位にランクされるという大ヒットになっています。まさに人気絶頂の中で、大胆な冒険も許され、それがまたことごとく成功する。もはやアイドルというよりアーティストとして舞い上がる中森明菜でした。

Crimson / Akina Nakamori (1986 ワーナー・パイオニア)



Tracks:
01. Mind Game
02. 駅
03. 約束
04. ピンク・シャンパン
05. Oh No, Oh Yes
06. エキゾティカ
07. モザイクの城
08. Jealous Candle
09. 赤のエナメル
10. ミック・ジャガーに微笑みを

Personnel:
中森明菜 : vocal