いかにもコンピューター・グラフィックスで描いたジャケットですけれども、この当時、そんなものがあろうはずもありません。そうです、これは手描きなんです。クラスターの二人がこの当時からデジタル感覚にあふれる人々であったことがよく分かります。

 大手フィリップスからコマーシャルな要素の何一つないデビュー作を発表したクラスターでしたが、案の定、フィリップスとの契約は続きませんでした。しかし、クラウトロックの黎明期を支えたオール・レーベルから独立したブレインが彼らを引き受けます。いい話です。

 そうして発表されたアルバムが本作品「幻星」です。原題はシンプルに「クラスターII」です。本作品は1972年1月にハンブルグで録音されました。前作と同様にプロデューサーのコニー・プランクも演奏に係わっています。メンバーではないようですが。

 2枚目ということでずいぶん落ち着いた気がします。今回は全6曲が収録されています。片面全部で1曲も珍しくない当時のドイツ実験音楽勢の中にあって、それだけでも異質です。おまけに曲全部にタイトルがつけられました。少しは普通に寄ってきたということです。

 サウンドもデビュー作よりもすっきりしました。リズムもメロディーもはっきりしないサウンドの洪水である点は前作と同じですけれども、ギターのフレーズが繰り返されたり、反復されるビートが目立つようになってきましたし、ドローンも多彩になってきました。

 これでもまだシンセサイザー登場前です。次作からはいわゆる電子音中心になっていきますから、ライナーで中野泰博氏が書いている通り、クラスターの「幼年期の終わりであり初期の集大成」であるといえます。本作でKのクラスターへの別れを告げる感じです。

 ブックレットの写真を見ると、ハンス・ヨアキム・ローデリウスとディーター・メビウスの二人はそれぞれが首からギターをぶら下げて、オルガンの前に立ち、積み上げた機材のつまみをいじくっています。ギターやオルガンの音を電気的に変換して音を出しているようです。

 リズムボックスは多少使っていますが、本格的なシークエンサーなどは使っていないそうです。そのため、スイッチを入れたりつまみをいじったりするだけで音が出るわけではなく、マニュアルで音を出しているということです。普通のバンドとさほど変わらないわけです。

 本作品の4曲目はハンブルグのファブリックというクラブでのライヴです。スタジオでの作品に比べると、繰り返されるパルスが目立ちます。それを基盤にして、二人が即興でバトルを繰り広げる図式です。お互いが耳を傾けあい、音をぶつけ合う様子はとても素敵です。

 メビウスによればこの頃の彼らのライヴはさながら「ノイズによるテロ」で、しばしば観客の敵意にさらされ、トマトを投げつけられたそうです。ある時、若い女の子がステージに上がってきて、泣きながら「なんでこんなことをしてるんですか」と叫んだという逸話が楽しいです。

 本作品にはそこまで過激なサウンドが詰まっているわけではありませんが、そのまま現在のノイズ・エレクトロニクス音楽へと直結する深い深い音の洪水がここにあります。ノイズを浴びすぎたせいか、彼らはこの後田舎に引っ込みます。その直前のクラスターの傑作です。

Cluster II / Cluster (1972 Brain)

*2013年4月14日の記事を書き直しました。

参照:"Future Days" David Stubbs (Faber&Faber)



Tracks:
01. Plas 衝撃波
02. Imsuden 南国にて
03. Fur Die Katz' 虚無空間
04. Live In Der Fabrik 工場でのライヴ
05. Georgel
06. Nabitte

Personnel:
Hans-Joachim Roedelius
Dieter Moebius