先日、地上波の音楽番組で宇多田ヒカルをたまたま見かけました。確か「君に夢中」を歌っていたと記憶しています。相変わらず快調な歌いっぷりでしたけれども、驚いたのはアナウンサーの彼女への対応ぶりです。まるで来日した外タレのようなおっかなびっくりぶりでした。

 気やすい仲間感のあふれる日本のテレビの枠にははまりにくい宇多田ヒカルです。大たい彼女の活動ぶりはJポップのアーティスト的ではありません。拠点は海外ですし、共演しているアーティストも海外のアーティストが多い。大坂なおみか大谷翔平か宇多田ヒカルか。

 本作品は宇多田ヒカルの通算8枚目「BADモード」です。前作「初恋」からは3年7か月ぶりですけれども、この間、12年ぶりの国内ツアーもありましたし、新曲の発表が続いていましたから、それほどお久しぶりな感じがしません。順調な活動ぶりです。

 前作ではクリス・デイヴを始めとする一流のセッション・ミュージシャンが起用されて、生楽器を多用していましたけれども、本作品では外部プロデューサーとの共同作業によるエレクトロニクスに回帰したサウンドが中心になっています。そこがまず特徴です。

 起用されたのはフローティング・ポイント名義の活動で知られるサム・シェパード、ハイパーポップなるジャンルの始祖とされるA・G・クック、グラミー賞受賞経験もあるアメリカのサウンド・クリエイター、スクリレックスなど、今をときめくプロデューサーたちです。

 加えて、宇多田ヒカルの作品にはこのところ必ず顔を出す小袋成彬の名前も見えます。こうしたトラック・メイクのセンスと技術を兼ね備えたプロデューサーと共同でサウンドを作り上げているわけで、前作とはまるで異なるサウンド作りになったわけです。

 アルバム発表は2022年1月ですけれども、最初に発表されたスクリレックスとの共作「フェイス・マイ・フィアーズ」は2019年1月と2年前の発表です。そこから次の「タイム」と「誰にも言わない」が2020年5月。2021年にも3曲が発表されています。

 要するに全10曲のうち6曲がアルバム発表時には既発曲だったわけです。しかし、そんなことをまるで感じさせないアルバムの統一感が凄い。宇多田ヒカルは音楽への向き合い方が真摯であり、その音楽は自らの内面の変化とともにあるために流れが自然なのでしょう。

 本作品のサウンドはシェパードやクックなどとの共同作業で生み出された極上のクラブ・ミュージックになっています。自身最長という12分にも及ぶシェパードとの共作曲「マルセイユ辺り」が典型です。奥行きのある深いトラック作りは素晴らしいです。

 こうしたサウンドに日本語のボーカルが加わることで裂け目が生じるように思います。メロディーへの単語の乗せ方が独特なボーカルが、シルクのような感触のエレクトロニクス・トラックをかき乱すかのようで、そこに得も言われぬ魅力が醸し出されます。

 ジャケット写真に写る宇多田ヒカルの表情は恐ろしいものですが、よく見ると本作品にも参加している息子さんがちらりと写りこんでいます。我が道を歩む宇多田ヒカルの人生とともにある作品であるからこそ普遍性を獲得しているのでしょう。ありがたいアルバムです。

BAD Mode / Hikaru Utada (2022 EPIC)



Tracks:
01. BADモード
02. 君に夢中
03. One Last Kiss
04. Pink Blood
05. Time
06. 気分じゃないの
07. 誰にも言わない
08. Find Love
09. Face My Fears
10. Somewhere Near Marseilles ~マルセイユ辺り~
(bonus)
11. Beautiful World (DaCapo version)
12. キレイな人 (Find Love)
13. Face My Fears (single version)
14. Face My Fears (A.G. Cook remix)

Personnel:
宇多田ヒカル : vocal, keyboards, piano, programming, shaker, Korean WaveDrum
***
小袋成彬 : keyboards, programming
Sam Shepherd : keyboards, programming, piano
A.G. Cook : keyboards, programming
Skrillex : programming
Jodi Milliner : bass
Ben Parker : guitar
Reuben James : piano
Will Fry : percussion
Leo Taylor : drums
Ash Soan : percussion
Freddie Gavita : trumpet
Soweto Kinch : sax
Chris Dave : percussion
Yuta Bandoh : conductor
Ensemble FOVE : strings
Darren Healis : drum programming
Tom Norris : drum programming
Nobuaki Tanaka : programming
The Artist's Son : violin, vocal