今でも事情はあまり変わりませんが、1970年代のポピュラー音楽の世界では欧米諸国で活躍する日本人はほとんどいませんでした。数少ない例外がツトム・ヤマシタで、カンのダモ鈴木、フェイセスのテツ山内と並んで、私には憧れの的でした。

 ヤマシタは1947年生まれ。幼少のころから打楽器を始め、クラシックの世界で活躍、ジュリアードにバークリーというアメリカの二大音楽院に学び、1971年には現代音楽の楽曲を取り上げた一連のアルバムで打楽器界に衝撃を与えました。

 全身を使って目にもとまらぬ速度でアクロバティックに打楽器を演奏する若いヤマシタの姿はハンス・ウェルナー・ヘンツェやピーター・マクスウェル・デイヴィス、武満徹などの現代音楽の作曲家に彼のための曲を書かせるまでに魅了していきました。

 1971年にロンドンにやってきたヤマシタは、英国の実験的なジャズに影響を受けたバンド、カム・トゥ・ジ・エッジとコラボレーションを行います。1972年1月にクイーンエリザベス・ホールでライヴを行うと、これがアイランド・レコードとの契約に結びつきました。

 このライブではメロディー・メーカーのリチャード・ウィリアムスが「ヤマシタは次世代のロックスターだ」と絶賛したごとく、いわゆるジャズ・ロックのサウンドとなっています。本作品「フローティング・ミュージック」は同ライヴの録音を含むアイランドからのデビュー作です。

 カム・トゥ・ジ・エッジのリーダーは英国の作曲家・打楽器奏者モーリス・パートです。パートとヤマシタと同い年でどちらも現代音楽畑でも活躍する似たもの同士です。パートはブランドXを始め、ポール・マッカートニーやケイト・ブッシュとも共演するなど幅広く活躍しています。

 もう一人の注目はロビン・トンプソンです。本作品でトンプソンはオルガン、ピアノ、ソプラノ・サックスに笙を担当しています。笙まで吹くだけに日本びいきなのか、トンプソンは坂本龍一や大貫妙子、立花ハジメなどと共演することになります。

 アルバムは全4曲中2曲が件のライヴからの録音です。基本はパーカッションの二人にベースやキーボード、これに曲によっては管楽器が入るという構成で行われています。出てくるサウンドはいわゆるジャズ・ロックです。まさにプログレッシブ・ロックと言えます。

 ロック畑でいえばブランドXやソフト・マシーン、ジャズ畑ならばウェザー・リポートやリターン・トゥ・フォーエヴァーなどが代表選手として浮かぶクロスオーバーなサウンドが展開されています。しかし、ここは現代音楽畑というところが大きな特徴です。何だか冷やっこい。

 それに打楽器奏者が中心であることも大きいです。クールなサウンドの要因はパーカッションにあるようです。ヤマシタとパートのインタープレイはとりわけ素晴らしく、パーカッションの音色もとても美しいです。圧倒されっぱなしの50分でした。

 途中、ヤマシタのスキャットが入る場面があります。ライナーにて松井巧氏がダモ鈴木に似ていると思ったと書かれています。音が少ない日本語を母語とする人がやると、どうしても似た風になるのではないかと思いました。新たな発見です。

Floating Music / Stomu Yamash'ta & Come To The Edge (1972 Help)

*2013年6月17日の記事を書き直しました。



Songs:
01. Poker Dice
02. Keep In Lane
03. Xingu
04. One Way

Personnel:
Stomu Yamashta : percussion, multitudinous
Morris Pert : drums, percussion
Andrew Powell : bass
Robin Thompson : organ, piano, soprano sax, sho
Peter Robinson : piano
Phil Plant : bass
David White : soprano sax
Ian Goffe : trombone
Richard Harris : trumpet