偉そうにボブ・ディランを語ってきましたが、私のリアルタイムでのディラン経験はこのアルバムに始まります。ディラン好きだった髭の濃い高校の同級生に押し付けられたのでした。「風に吹かれて」くらいで止まっていた私のディラン観を塗り替えてくれた出会いでした。

 「欲望」は大傑作「血の轍」からちょうど1年後に発売されて、ディラン初のプラチナ・アルバムに認定される大ヒット作になりました。これまでのディランの作品の中では最も売れたアルバムとなり、チャートでも全米・全英をともに制覇しました。

 制作当初は、24人ほどのミュージシャンを集めてセッションを行う、いわゆるビッグ・バンド・セッションが行われました。エリック・クラプトンも参加したそうです。しかし、このセッションは不調に終わり、結局、本作品には「ドゥランゴのロマンス」1曲のみの収録となりました。

 「音が多すぎてイライラしてきた」とはディランの弁です。そもそも弾き語りから音楽活動を始めた人だということを思い出させる話ではあります。クラプトンも「実際、どうもうまくいかなかった」と率直に感想を述べています。そもそも無茶な取り組みでした。

 そこでディランはベースのロブ・ストーナー、ドラムのハウイー・ワイス、バッキング・ボーカルのエミルー・ハリス、ジプシー・バイオリニストのスカーレット・リヴェラだけを呼び戻して新たなセッションを行います。いずれもディランとの出会いで一気に知名度をあげた人々です。

 このバンドは実にうまくいった様子で、本作品は徹夜のセッション2回でほぼ完成に至りました。かつてのディランの勢いが戻ってきました。前作が原点回帰と言われていましたが、本作品はその制作過程が原点回帰の様相を呈しています。

 一方、珍しいことに作詞はほとんどがジャック・レヴィとディランの共作となっています。レヴィは代表作がブロードウェイの「オー・カルカッタ」だという人で、ディランの抽象的な歌詞を物語化する役割を果たしています。その成果が最も表れたのは「ハリケーン」です。

 冒頭におかれた「ハリケーン」は、久しぶりに本寸法のプロテスト・ソングです。殺人事件の濡れ衣を着せられたボクサー、ルビン・カーターの冤罪を訴えかける曲で、直截な歌詞が素晴らしい。カーター氏は後に自由の身となりますから、この歌も大きな貢献をしました。

 この曲のみならず、サウンド的には何といってもスカーレット・リヴェラのバイオリンがいいです。エミルー・ハリスがバッキング・ボーカルとしてクレジットされていますけれども、リヴェラのバイオリンもハリス同様、いやそれ以上にディランと歌っているように聴こえます。

 まるで前作とは表情が違う作品です。「モザンビーク」のようなエキゾチックな曲や、本人を目の前において熱唱したという「サラ」、スワンプな感覚の「ドゥランゴのロマンス」など、バラエティ豊かな曲調でありながら、アルバムとしてしっかりまとまっています。

 ディランの作品の中では異色ではありますが、タイトなリズム・セクションに乗せて、バイオリンとディランのギターやハーモニカが舞い踊る魅力的なサウンドです。歌詞も物語調でとても分かりやすく、非の打ちどころがありません。ディラン入門が本作で本当に良かったです。

Desire / Bob Dylan (1976 Columbia)

*2014年2月4日の記事を書き直しました。



Songs:
01. Hurricane
02. Isis
03. Mozambique
04. One More Cup Of Coffee (Velley Below) コーヒーもう一杯
05. Oh, Sister
06. Joey
07. Romance In Durango ドゥランゴのロマンス
08. Black Diamond Bay ブラック・ダイアモンド湾
09. Sara

Personnel:
Bob Dylan : vocal, guitar, harmonica, piano
***
Emmylou Haris : chorus
Rob Stoner : bass, chorus
Scarlet Rivera : violin
Howard Wyeth : drums
Vincent Bell : Bellzouki
Dom Cortesa : accordion
Ronee Blakey : chorus
Steve Soles : chorus
Luther : congas