ボブ・ディランの「血の轍」は多くの人が認めるディラン1970年代の大傑作です。日本でも2009年のミュージック・マガジン増刊アルバム・ランキング・ベスト200にてディラン最高の8位にランクされています。ちなみに一つ上の7位は「ザ・バンド」です。

 1974年の偉大なる復活ツアーが大成功を収めた直後の作品ですけれども、そのライヴ盤ともその前のザ・バンドとの共演盤ともまるで表情の異なる作品です。ディランの私生活も含めて、さまざまな意味で再生のアルバム、回帰的な作品であるといえます。

 本作のレコーディングは1960年代前半にディランが使っていたニューヨークのスタジオで開始されています。デビュー当時のプロデューサーであるジョン・ハモンドを招いて曲を聞かせていたそうですし、回帰調であることは間違いありません。

 ついでにハモンドに仁義を切ったうえで、あっさりとレーベルもコロンビアに戻りました。アサイラムがディランの人気を読み間違えた上に、十分なフォローアップができていなかったからだと言われますが、単なるディランの気まぐれなのではないでしょうか。

 本作品はニューヨークでの録音でいったん発売が決まるものの、ディランは直前に心変わりし、ミネアポリスにて弟の友人ミュージシャンたちとアルバム収録曲の半分を録り直しています。「オーバーダブはやりたくない。気楽に、ナチュラルな形でやりたいんだ」。

 さて、冒頭の「ブルーにこんがらがって」について、ディランは「一枚の絵のような歌を作りたかった。絵画のように一部分だけを見ることもできるし、全体を見ることもできるような歌だ」と語っています。この発言はアルバム全体のことだとも考えられます。

 制作の経緯から曲によって演奏者がまるで異なることが分かりますが、本作品では全体を覆う色合いが見事に統一されています。アコースティックを主体としたシンプルなフォーク・ロックが全体を通じて貫かれています。ここまで統一感があるアルバムは初めてでしょう。

 言ってみれば、「ブルーにこんがらがって」がずーっと続いているようなアルバムです。曲調はさまざまではあるのですが、全体で一枚の絵画のように感じられます。近寄って各楽曲を子細に聴いて楽しむこともできるし、アルバム全体を一曲だと考えても楽しめます。

 誤解を恐れずに言えば、本作品は単色のグラデーションで書かれた細密画のようです。ごく初期のアルバムにキャリアからくる奥行きを加えた極上のサウンドで描く細密画。こうなると噛めば噛むほど味がしみだしてくるするめ作品となります。人気がある所以です。

 参加しているミュージシャンはニューヨークではエンジニアのフィル・ラモーン、ミネアポリスでは弟のデヴィッドが集めてきました。一流のミュージシャンばかりですけれども、ディランとは初顔合わせ同然です。ディランはこういう陣立てから名演を引き出すのが実にうまいです。

 アルバムは全米1位の大ヒットです。日本でもディラン人気再燃を企図するレコード会社が全曲に邦題をつけて頑張りました。「おれはさびしくなるよ」などというタイトルには心意気を感じます。この傑作はその狙い通り、ディランへの認識を更新したのでした。

Blood On The Tracks / Bob Dylan (1975 Columbia)

*2014年1月31日の記事を書き直しました。



Songs:
01. Tangled Up In Blue ブルーにこんがらがって
02. Simple Twist Of Fate 運命のひとひねり
03. You're A Big Girl Now きみは大きな存在
04. Idiot Wind 愚かな風
05. You're Gonna Make Me Lonesome When You Go おれはさびしくなるよ
06. Meet Me In The Morning 朝に会おう
07. Lily, Rosemary And The Jack Of Hearts リリー、ローズマリーとハートのジャック
08. If You See Her, Say Hello 彼女にあったら、よろしくと
09. Shelter From The Storm 嵐からの隠れ場所
10. Buckets Of Rain 雨のバケツ

Personnel:
Bob Dylan : vocal, guitar, harmonica
***
Tony Brown : bass
Buddy Cage : steel Guitar
Paul Griffin : organ
Eric Weissberg : guitar
Charles Brown III : guitar
Thomas McFaul : keyboards
Richard Crooks : drums